そう、全ては
夢物語
「どう、したんだ……!?」
暗い暗い、真夜中
けれど欠けている場所の少ない月は、庭に立つ僕の姿を隠したりはしない
こんな非常識な時間にやってくれば、そりゃあ驚くよね
半分下がっていた瞼は瞬時に上がり、僕を見つめる
「夢を見ただけだよ」
理由にならない僕の理由
でも、これしか理由は無いんだ
「ゆ、夢って……アンタ……」
薄い寝間着の下の強張った肩から力が抜けるのが分かる
そういえば、昼間に会う時より言葉が砕けてるね
「……ハヤト」
踵を踏みつぶすように履いていた靴を脱いで、裸足で君の近くへ
右手をのばして頬に触れる
「つめた……!」
……ああ、そういえばそんな風になる季節だっけ
それなのに今の僕は裸足で、普段身につけているマフラーすら巻いてない
首元や足が夜風に晒されて冷えている事を、やっと感じた
「ごめん」
冷たい手で触れてしまった事とか、こんな時間に尋ねてしまった事とか、色々全部ひっくるめての謝罪
でも、謝ったところで僕は、触れた手をひっこめる気も帰る気も無いのだけれど
それどころか、そんな冷たい腕で君を抱きこむ
君の身体は、あたたかいね
「……なにか、あったんですか」
何か
あったのかもしれないし、なかったのかもしれない
さっき言った通り、ここに……君に会いに来た理由は一つだけ
「夢を、見たんだ」
「どんな夢ですか」
いつの間にか君の口調は何時も通りに戻っている
声もしっかりとしていて、ああ、本当に悪いことをしてしまったな、だなんて今更思う
「ハヤトが、僕に笑って『さよなら』っていう夢」
晴れやかな、ひとかけらの未練も無い笑顔で、僕にそう告げた
それは夢物語
僕という個人の見た夢
食ってしまうことすら躊躇われる様な……きっと、他愛ない夢、だから
「……そうですか」
心配しないで
僕はただ、夢を見ただけだから
少しの間こうしていれば、きっと大丈夫だよ
……大丈夫、だから
「ハヤト」
分かってる、全部夢だ
何度も何度も心の中でそう唱えて、納得した……つもりでいる
「約束して」
だからこうやって君の元にやって来て、こんなことをしている
君を信じない訳でも、自分に自信が無い訳でもない
それでも、身体も意識も浸食する不安は消えない
「……マツバさん」
背中に回っていたあたたかい腕が、僕を強く抱きしめる
「今更約束なんかしなくても、俺はマツバさんにそんな事、しません」
寝起きを感じさせないしっかりした声が、僕の耳にそう宣言する
そこから感じられるのは、夢の君の言葉よりも強い、浸食
「……ありがとう」
君の肩に顔を埋めて(そうしないと泣いてしまいそうだったから)そう告げるのが僕には精一杯
でもなんとか振り切って、君から身体を離す
「……帰るつもりですか?」
「うん……ごめんね、こんな時間に」
そういえば開けたままだった障子からは、月明かりが入ってくる
「こんな時間なら、帰らないでください」
「……え?」
「…………」
その光に照らされる君の顔は、少し色づいていて
それでそうなっている訳ではないのに、僕には一人にしたら凍えてしまうように感じた
「……うん、じゃあ、帰らない」
もう一度君を抱き込んで、そのまま布団の中へ
少し狭いけど、寒くは無い
「……おやすみ、ハヤト」
「おやすみなさい、マツバさん……よい、夢を」
こうやって君を抱いて眠れば、悪夢なんて見れる筈もない