白黒的絡繰機譚

誓いの言葉なんていらないから

「結婚しよう」
「……冗談にしても、本気にしても、笑えないよ」

酷い。俺は本気中の本気だっていうのに。

「じゃあ同棲しよう」
「お断りします」

ズバッと切り捨てるんじゃなく、せめてオーバみたいにノリツッコミとかにしてくれないもんかね。慣れてるから凄く傷ついたってわけでもないけど。
……それはそれで、俺は多分そのオーバみたいなところになんとなく嫌な気持ちになるんだろうが。
そんな事はともなく、せめて化石じゃなくてこっちを見てくれたって良いだろ?

「断る理由は?」
「する必要性が無いから」

一刀両断。今日も冴えてますね、ヒョウタさん。
だけど、それで怯む俺じゃないって事は知ってるよな?そりゃもう、いやって程。

「……ヒョウタ」

開いていた距離を埋めて、後ろからガッチリと抱きしめる。
細く見えても流石は炭鉱の男、本当は俺なんかすぐ振り払えるに違いない。
口では嫌がったりするけど、それをしないって事は多分、愛されてる……んだよな?
疑っている訳じゃあないんだけど、言い切れないのが悲しい。

「何。デンジ君……何かあった?」
「いや……別に」

俺は今日も、何時も通り。
やっぱり手ごたえのある挑戦者は来なかったからジムの改造に夢中になっちまったし、それで苦言を言いに来たオーバは今日もアフロだったし、ヒョウタもやっぱりそっけない。
……そんな俺の日常。馬鹿みたいに楽しくもないけど、充実してない訳でもない。

「ふーん……。でも、それだけならさっきの寝言の説明がつかないけど?」

寝言って。流石に傷つくぞ?

「……なぁー、ヒョウタ結婚しよう。してくれ」
「しないよ。そもそも出来ないじゃない。で、さ。デンジ君」
「……何」

相変わらず視線は顔ごと化石の方で、手は化石を磨くことに必死。
俺なんかどうでも良さそうな受け答え。慣れたけど、慣れた訳じゃない。
はあ、と溜息を吐いた。その時、ヒョウタが振り返る。そして、

「――寂しい訳?」

やっと俺を見たヒョウタの顔は、何とも言い難い表情をしていた。
……多分俺も、だけど。

「……」
「図星?」

ああ、そうだよ。簡単に、単純に言えばそうなんだ。
ミミロルじゃないけど、寂しさでいっぱいですよ。なあ、ヒョウタ。

「……寂しいに決まってるだろ。お前は何時だって忙しそうだし」
「デンジ君もジムリーダー以外に仕事したら良いじゃない」
「ナギサには来てくれないし」
「もう少し片付いてたら行っても良いんだけど。僕が掃除する羽目になるんだもの」
「化石ばっか構ってるし。……もしや俺より化石の方を愛してる?」
「同列で良いわけ?」
「……遠慮します」

なんだろう、とりあえず『俺<化石』ではないらしい。
ちょっと安心した。いや、今更こんな事で安心して良いのかって気はするけど。

「で、その不満の結果が『結婚しよう』になるの?」

はいその通り、大正解。おめでとうヒョウタ君。
結婚すれば一緒に住めるし、化石以外の不満はそれで解決するだろう?
……勿論、無理だって分かっているけど。

「……ヒョウタ」
「……とりあえず男同士だから結婚できないし、仮に出来たとしても僕、仕事辞めないよ?」
「それでも良い」

炭鉱の仕事が好きなのは知ってる。若いけどマジで信頼されて頼られて、クロガネにはヒョウタが必要なんだなって、理解してる。
それでも、何か安心感が欲しい。

「……」

なあ、呆れた?別に良いさ。今更だから。
でも俺はやっぱり真剣で、ヒョウタもそれは分かってるだろ?

「……」

化石を置いて、溜息を一つ。
もうこっちを見てはくれないから、表情は分からない。

「そんな事僕に言うの今までもこれからも、デンジ君だけだよ。うん……まぁ、そこまで想ってくれるの、悪い気しない」

そりゃあ俺からの愛ですから。己惚れろよ。

「――だから……うん、今度の休みも次の休みも多分その次も……ナギサに行くよ」
「……!」

愛してるとか好きとか、ヒョウタは殆ど口に出してはくれない。
恋人らしい行動や言動が凄くヒョウタは苦手だから、さっきのが精一杯なんだろう。
でも、そんなヒョウタが、俺は好きだから。だから。だから!

「……やっぱり本気で結婚しよう。いや、してください。今ならヒョウタのお父さんに反対されても、余裕勝ちして説得できる気するし」

永遠の誓いなんていらないし、結婚指輪も送れないし、誰にも言えないけど、それでもいい、それで十分、それがいいから。

「……本当に余裕勝ちで説得できたら、ね」

ヒョウタ、お前と結婚したいよ。