白黒的絡繰機譚

千里に誓う

アンタは、何時もそうだから。

「――誓うよ」

まるで、呼吸をする様に。
それくらい事もなげに、まるで天気や季節といった会話の糸口になる様な話題の様に、言った。
言葉は羽の力じゃ空へ持っていけない位重いのに、言った本人だけは何ともなさそうだ。

「……いきなり、何ですか」

そう聞けば、何時もの通り笑みを浮かべる。
出会った頃は酷くぎこちなかった俺の敬語も、なんとかこの人の前で使う事が出来るようになった。

「何……何だろうなぁ。僕の勝手な、君への約束……かな。だから、あまり気にしなくて良いよ」

勝手だ。
勝手で、一方的で、強引で、その癖『嫌だったら止めるよ』『気にしなくて良いよ』なんて言葉で俺の機嫌を窺う。
何時もの事だ。
この人――マツバさんは、初めて会った時から何時もそうだった。




――俺が父さんの後を継いでジムリーダーになってすぐ。
顔見せの為の挨拶回りに飛んで行って、この人と初めて出会った。
今思うと、近くに住んでいるのにまったく出会った事が無いなんて不思議な気もする。
その時はそんな事を少しも思わず、ありきたりな言葉を並べてこれから宜しくお願いします、と締めくくるお決まりの挨拶をした。それで終わる筈だった。

「……こちらこそ宜しく。ねぇ、ハヤト君」
「はい」
「これから宜しく、っていうのは、ジムリーダーとしてだけ?」
「……はい?」

意味を把握できず、間抜けな声を上げてしまった俺に、マツバさんは優しく笑った。

「君とはとても上手くやっていけそうな予感がするんだ。だから、勿論君にその気があればだけど、君と友人として付き合っていけたらと思って」
「はぁ……」

別に嫌とかそういう訳では決してないのだけれど、その時の俺には、すぐさま否定も肯定も出来なかった。
正直な話、俺はずっと父さんの事ばかり見ていて、あんまり同世代の友人もいない。父さんくらいかそれ以上の歳の人ならまだ付き合い方も分かるのだけれど、この人みたいなちょっと年上っていうのは馴染みがなさすぎて。

「駄目かな?」

そう言いながら俺を見る瞳は優しかったけれど、どこか有無を言わせない様な威圧感があった。
……けれど、多分この人は、俺が駄目と言ったら本当に諦めるのだろうな、とも思った。

「いえ、そんな事は……」
「じゃあ、これからは友人としても宜しく頼むよ」

そこで差し出された手を握ってしまったから、今こうなってしまったのだろう。多分。




「……気にしますけど。一体俺に何を勝手に誓ったんですか」

差し出された手を握ったのは、俺の方からだった。今こうなっているのは、俺の所為でもあると思う。

「言わなきゃ駄目かな」

困ったような顔をする。なら口に出さなかったら良かったのに。

「駄目なら良いですけど」

気にはなるけれど、強制する気は俺にはない。
この人はちょっと、煙に巻くような言動をよくする。俺はそれが、年下だとからかわれているみたいであまりいい気はしないのだけれど。

「……」

表情を変えないまま、この人は考えてる。
最初は何を考えている人か良く分からなかったけれど、今は少し分かる様になってきた。
多分、答えてくれるだろう。この人は何故か、俺に随分と優しいから。

「……ハヤト君」
「はい」
「僕は、君の友人だよね?」

今更何を言ってるんだろう?
こうやってお互いの家を行き来するようになってどれくらい経っただろうか?
一体どれだけの事を話しただろうか?大体、アンタから望んだんでしょうが。

「勿論です」

俺が答えると、ホッとしたように胸を撫で下ろす。

「じゃあ、言っても大丈夫かな」
「……そんな大層な事を俺なんかに誓ったんですか」
「別に大したことではないよ。まぁ、僕にとっては、だけど」

つまり俺にとっては大した事、という事だろうか。
それも、友情を確認する程の?
……なんか、嫌な予感がしてきた。

「確信したからね。僕にとって、君はかけがえのない存在だって事を。だから、誓うよ。――君への、永遠の愛を」
「……ええと、マツバさん?」

俺が言葉を発する事が出来たのは、多分数分経ってからの様な気がする。

「何だい?」
「さっき、俺に友人かどうかを確認しましたよね?」
「うん、したね」
「……ならどうして、その……え、永遠の愛、になるんですか」

意味が、分からない。
というかなんでこんな恥ずかしい言葉をさらりと言えるんだろう。これがアレか、なんか流行りの言葉で……イケメン?とか言う奴なのだろうか。

「そりゃあ、僕は君の事を愛してるから。それに、ハヤト君は僕の気持ちを知ったからといって、友人を辞めたりしないだろう? さっきも言ったけど、これは僕の勝手な約束だから。今すぐ、君に何か求める様な事はしないよ」
「はぁ……」

確かに、そう……だと思う。
多分俺は、この人とこれからも友人関係でいる気がする。こんな事を言われたのに。

「勿論、君が僕の事を同じように想ってくれる様になったら嬉しいけど」

そう言って笑った顔は、初めて会ったあの時と同じだった。