白黒的絡繰機譚

境界

境界というのは、どれも曖昧だ。脆い、というよりも存在が危うい。寧ろ本当に存在しているのか、それすらも定かではない。
――危うい、脆い、定かではない。
そう修飾されるものたちは、全て境界の向こう側にある。だからこそ、より一層魅力的なのかもしれない。

「……それは、あれなのっ……で、すか。俺がまだ未熟で、頼りないって事を言いたいんで、すか」
「ん? そんな風に聞こえたかな」
「それ以外に聞こえるか……っ、いや、聞こえませんけど」
「そういうつもりはまったく無いんだけど……。うん、ごめんね」

僕は君を未熟だなんて思った事は無いし、頼りないと思った事もない。
そもそも、未熟ならジムリーダーになれる訳がないからね。
……多分君自身は、そうだとは思っていないんだろうけど。
今もほら、普段通りの口調が出るのをなんとか敬語にしようと頑張ってる。僕の方が歳も、ジムリーダーの経験も上だから、ちゃんとしないといけないと思って。別に僕は気にしないんだけれど。

「違うなら良いんです、けど。俺もそんな風に受け取ってしまってすいませんでした。……で、何の御用ですか。わざわざそんな話をする為にジムを空けてきた訳じゃないでしょう?」

毎回特に連絡も無しに来る僕に、君は少し呆れはするものの、追い帰したりはしない。
それどころかもてなしてくれる。飲みなれた緑茶をすすって、息を吐いた。

「君が納得する御用は無いね。君に会いに来ただけだから」

僕にとってはそれが『わざわざ』に相応しい用だけど、君は気真面目だからそんなんじゃ納得してくれない。
でも、だからこそ何時も僕は『会いに来ただけ』と君に告げる。イトマルの糸より頼りなくて、ゴース達より不確実な可能性に賭けて。

「……そういう理由でジムを留守にするのはどうかと思います、けど」

……ああ、やっぱり。
分かってはいたけどさ、少しくらい喜んで欲しいかな、なんてね。でも、そういう気真面目なところが好きだよ。

「駄目かな」
「俺に駄目、と言い切る権限は無……いです。でも、やはりジムリーダーとしてはどうかと思う、います」

この場で駄目だと言い切る権限は、君にしか無いと思うんだけど。
僕がどうしてここにいるのか、君は知っているだろう?その理由も、知らない訳じゃないのに。

「つれないなぁ。そういうとこも、好きだけど」
「……」

視線が泳ぐ。それはもう、あからさまに。
困る位なら、いっその事拒否してくれればいいのにね。
……まぁ、しないと分かってるから僕も口に出せるんだけど。ごめん、ちょっとずるい大人な事考えた。

「好きだよ」
「……」

まだ視線は泳いでいる。こちらをちらりと見ては、明後日の方向へと。
僕の言葉に困ってるのは残念だけど、可愛いと思う。そう言ったら、君の機嫌を損ねるかな。

「好きだよ、ハヤト君」
「……」

遂には顔ごと逸らされてしまう。
覗きこんだりしたら、さすがに君も怒るかな?

「ねえ」

そう考えていても、僕は覗き込んでしまうんだ。
――君はきっと、そんな僕の事を理解できないと思ってるだろうね。
でも、その認識は間違いで、理解できないと言い切れる様な事は何一つ存在しない。
だって全ての境界は曖昧で、脆くて、危ういんだから。
その証拠にほら、少しずつ君は僕を受け入れ始めている。気がついているかな?
――君は何時この境界を飛び越えて、僕の隣に来てくれるのだろうね。







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