白黒的絡繰機譚

「間もなく、発車します」

社会人(?)×医学生のような感じの現パロ。

『間もなく、4番ホーム、快速××行きが、到着いたします』

人気のないホームに、アナウンスが響き渡る。
ほぼ通勤通学用のその快速列車は、今のような昼間は本数も二時間に一本、客なぞいないも同然だ。
そのホームに二人、雑渡と伊作は向かい合って立っていた。

「いっちゃうんですか」
「元々、一週間くらいの予定だったからね」

君の所為でこんなに延びたよ、と雑渡がマスクの下で恐らく笑った。
私立大学の医科キャンパスがあるくらいしか目ぼしいものもない郊外の土地に、何故か伊作の前にいる雑渡という男は「旅行」と称してやって来た。
本来ならば露出する頭や首、掌の殆どを包帯で覆った雑渡は、医科キャンパスより大学病院に行った方が良いだろうという風貌だ。

「……」
「……」

伊作は何も言えない。雑渡は何も言わない。
雑渡が何も言わないから、伊作は引き留めたり、再開を願う言葉を飲み込んだ。

(この人はずるい)

お互いの間にある感情など、言葉にしなくても分かっていた。
ただ、言葉にする機会とシチュエーションが、今の今までなかった……それだけだ。

「伊作君」

雑渡が、足元に置いていた旅行鞄を手に取る。
がたんごとん、と電車の音がすぐ近くまで迫っていた。

「大人はね、選ばないよ」

責任があるからね。
と、まるで伊作の思考を読み取ったかの様に雑渡は言った。酷く勝手な、無責任な言葉だと伊作は思う。

『4番ホーム到着の列車は、快速××行き……』

扉が開くが、誰も降りる気配はない。船を漕ぐ老人が座っているのが見えただけだった。

『――当駅には4分間、停車いたします……』

「……」
「伊作君」

じわり、と涙が滲みかけた伊作の目尻を雑渡は観察するが、手やハンカチを差し出しはしない。
ただ淡々と、マスクの下で口を動かした。

「大人はね、子供を自由にさせて、その選択の責任をとるんだよ」

少し俯いていた伊作が顔を上げる。
察しが悪い時と聡い時の差が激しい伊作であるが、今日は前者であったようだ。
瞬きをした雑渡が、くるりと向きを変えて電車へと乗り込む。
伊作は縺れそうになる足を二歩、前に出して雑渡の旅行鞄を掴んだ。

「……どうかしたかい」
「貴方は……ここでも、僕にばかり……」
「……」
「大人は、卑怯だ」
「そうだね。否定はしないよ」

旅行鞄を持つ、左腕を抱きしめる。

「お願いです」
「……」
「乗るなら、僕を引きずってどうぞ」
「伊作君」

くるり、また雑渡が向き直る。

「選んだなら、容赦しないよ」

酷く低い声だった。

『まもなく、発車いたします――』

「ちょ……!ざ、雑渡さん!」

ぐい、と胸を押し返しても、雑渡はびくともしない。
快速電車が去った後のホームでは、旅行鞄が転がり、止めてくださいともがく伊作は、それを無視する雑渡に抱きしめられている。

「さて、これからどうしようか。攫って欲しいかい?」

攫う為の電車まではまだ、2時間と27分あった。