白黒的絡繰機譚

たとえ話

「君がどこかの姫だったら楽だったのにねぇ」

ずるり、と茶をすすって雑渡が言った。医務室には、何故か曲者がよく馴染んでしまっている。
正面に座る伊作は、はあ、と曖昧に返事をする。

「どこかの姫なら、ウチの殿を唆して戦でも仕掛ちゃって、適当に影武者立てて死んだことにしてしまえば、あとは好きにできるじゃない」
「そんな簡単ですかねぇ」
「まあそこまで簡単じゃないだろうね。でも今よりは多分楽だよ」
「はあ」

適当な相槌を打つ伊作を無表情に(そもそも片目しか露出していないので、どうやっても無表情になってしまうのだが)見つめる。

「まあ、たとえ話だから適当に聞き流せばいいんだよ」

そんな風に、私を見つめなくてもいい。
ざっとはまた茶をすすった。伊作もはあ、とまた気の抜けた返事をした。
このような、雑渡のたとえ話は何時も突然だった。
伊作の記憶が不運でどこかへ失われていなければ、前回は「君は動物で言うなら、猫に咥えられた雀だろうねぇ」から始まる話だったし、その前は「私がそこの骸骨だったなら」から始まる話をされた。
二人きりの時にだけ聞けるそのなんと返事をしたらいいか困るたとえ話が、伊作は嫌いではなかった。淡々と雑渡の声だけを聴いて、時々ぽかん、と見つめていた所為で乾いた口を潤すために自分で淹れた茶をすする。それだけの時間だ。
何時の間にかきっかけもなくそうなって、終わるきっかけもないまま今に至る。別に終わらせたいと思っている訳ではないのだが、それでもやはり何故、と伊作は感じるのだった。

「雑渡さん」
「なんだい伊作君」
「何でもないです」

どうして、と尋ねようとして伊作は止めた。こういうものはきっと、聞かない方が良いのだ。
聞いたら最後、もうたとえ話は聞けないかもしれない。

「そう」

何にも感情の感じられない声で、雑渡が短く言う。

「君がもうちょっと、察しが悪かったら良かったのにねぇ」

そうしたら私は、この時間を止める事が出来たのに。
少しだけ恨めしげに聞こえた声に、伊作は何時も通りはあ、と返事をした。