白黒的絡繰機譚

同じ事を明日も思う

天命館パラレル

「じゃ、俺先行ってっから!」
「ちょ、夏侯覇購買つきあ……聞いちゃいねぇ」

授業終了と昼休み開始を告げるチャイムが鳴り始めると同時に、夏侯覇は弁当入りの保冷バックを引っ掴み、教室外へと駆けていく。彼が向かう先は、学食でも購買でもなく保健室だ。
元々、養護教諭である郭淮と夏侯覇の仲が良い事は、夏侯覇の知り合いならほぼ誰もが知っている事ではあるが、いつの間にか昼食を一緒に食べるようになっていた。司馬昭や王元姫がそれに付き合うようになった事もあり、昼休みの保健室はいやに賑やかだ。

「ったく、一人であの争奪戦に乗り込むのはなぁ。……めんどくせ」
「なら、朝コンビニに寄ってから来ればいい。……もっと早く起きて」
「それが出来りゃ、苦労はしないぜ。あ、諸葛誕購買付き合ってくれよー」
「私は今日、生徒会の方の用事があるので」
「んだよ、つれねぇなぁ」
「じゃあ子上殿、私は先に行ってるから」

えええ、と嘆く司馬昭を残して、諸葛誕と王元姫は教室を後にする。
他の生徒もそれぞれに場所移動を始め、教室にはほぼ人が残らない。購買と学食が充実している所為か、弁当持ちの生徒は少ないのだ。その弁当持ちの生徒たちも、学食で食べるものが多い。

「賈充も付き合っちゃくれねぇし……お、鍾会!」

きょろきょろと教室内を見回していた司馬昭が、まだ席に残っていた鍾会に目を止める。
その視線に、鍾会はあからさまに嫌そうな顔をした。

「なんだよ、そんな顔すんなよな。……な!頼むって。一人じゃキツいんだよ」
「何故私が司馬昭殿に付き合わなければならないんです?」

それも他の奴らに断られたからと。憎々しげに鍾会は言う。

「じゃあ明日からはお前だけに頼むからさ!な、良いだろ?」
「どうしてそういう結論になるのか理解が出来ませんね。こんな事をするより、さっさと購買に走ったらいかがです?もうお目当ては売り切れてるんじゃないですか?」

そう言い捨てると、立ち上がり早足で司馬昭の横をすり抜ける。

「何だよどいつもこいつも冷てーの……」




ざくざくと早足で鍾会が向かったのは、プール近くの倉庫。その近くに、見慣れた大柄の姿を見つける。
鍾会の1学年上の有名人、鄧艾だ。見た目からしてどうにも進学校である天命館に似つかわしくないが、それほど素行不良でもないらしい。

「……またいたんですか」
「鍾会殿こそ、また来られるとは思っていなかった」
「アンタが来たらいいと言ったんでしょう」

そう言って、鍾会は鄧艾の横に腰を下ろした。
自身たちから見ても、傍から見てもなんともよく分からない組み合わせの二人だ。気が合う訳でもないし、共通点もない。ただ、この場所で偶然会っただけだ。毎度次はないだろうと思いつつ、お互いここへとやって来てしまう。

「……何か」
「その……それが鍾会殿の昼食だろうか」
「どう見たってそうでしょう。これだから旧式は」

ふん、と鼻を鳴らした鍾会が広げた『弁当』は市販の栄養補助食品のクッキーやゼリーのみだ。
いくら鍾会の細身の身体とはいえ、それで保てるとは到底思えない。運動部でもあるのだから、なおさらだ。

「人の昼食にケチをつけれる様なものを食べてないじゃないですか」
「それはまあ……そうだが」

鄧艾が食べているのも、質や味より量を取っただけの惣菜パンだ。あまり鍾会の事をとやかく言えるメニューではない。

「……鍾会殿は、料理はされないのか?」
「料理?何故私がわざわざ?」
「いや、普段どういった食事をされてるのかと」
「どうって、普通ですよ」
「……」

普通の食事を取っている姿が想像できない、とは思ったが流石に口には出さなかった。

「アンタこそ、普段からそんなものばかり食べている様に見えますがね」
「む……気をつけてはいるんだが、中々……」
「図星ですか。全く……」

はあ、と大げさに鍾会は溜息を吐く。そして、自分の膝の上に乗ったパッケージをしばし見つめた後、一つを手に取った。

「差し上げます」

鍾会が差し出したそれを、鄧艾は首を傾げながら受け取る。

「……これを、自分に?」
「私の前で、そんな栄養価値の低そうなものを食べているのは、許せないので。……ああ、別に良いですよ感謝なんて」
「ありがとう、鍾会殿。頂こう」

いつの間にか、鍾会という人間の扱い方が分かってきたような気がするな、と鄧艾は思う。
出会った当時は、何を考えているのか、何を言い出すのか、さっぱり分からなかった。

「代わりに自分のを如何だろうか。それだけでは腹が満たされないのでは」
「別に。……でもまあ、貰ってやっても良いでしょう」

ぱくり、と鍾会が鄧艾の差し出したパンに齧り付く。

「……何を笑っているんです」
「いや……」

ここできっと本心を言ったら、今度こそ来てくれなくなるだろう。
そう思った鄧艾は、曖昧に笑って鍾会から貰ったビスケットを口にほおりこんだ。