白黒的絡繰機譚

口にできる言葉はない

ブロマンス的な二人

傷の数だけ、酒宴をしよう。
孫権が言った言葉を、周泰は戯言の一つだと思っていた。しかし、真面目な――素面であれば、だが――君主は、本気で言っていたらしい。
規模の差はあれど、事あるごとに孫権は周泰を酒宴へと引っ張った。今宵も、そうだ。前回と違って、二人きりの酒宴と言って良いものかも分からない程度のものだが。

「孫権様……もう、それ位で」
「何?まだこれでは飲んだうちに入らん!もっと……もっとひょこせ……」

がくん、と孫権の頭が揺れる。慌てて周泰はそれを支えた。
臣下として、深酒は諌めねばならないのだが、それで止められる御仁でもない。
寧ろ止めれば止める程、飲んでしまうのだ。どちらかと言わずとも、弱いにも拘らず。
それでも、と杯を求める腕を、掴んで引き戻す。ううう、と漏らされる声は、どう考えても気分が悪いのだと周泰は思った。それでもまだ飲みたがる気持ちは、いくら孫権の事であっても、理解出来そうにない。

「孫権様……」
「周泰」

まるで子供の様に、孫権が周泰に身を寄せた。何時ものように、酒乱と化す訳ではないらしい。ふう、と肩を撫で下ろす。

「お前といると、安心出来るな……」
「それは……良かったです……」

護衛として、それは喜ばしい事だ。

「だが、私といると、お前は安心できないのだろう」
「そんな……ことは……」
「はは、今は酒の席だ。気を遣う事もない」

ほら、と孫権は周泰を促す。

「どうした?」
「……」
「黙ってては、分からんぞ。……周泰」
「……俺は……」
「うん」
「……孫権様と、共にいると……仰るように、安心は……出来ません」
「うん、だろう」
「安心をしないのが……俺の、仕事です」

護衛として。何時いかなる時であっても、その身に代えて守るために。

「ですが……今は、安心している……そう、思います」
「……ん、そうか……そうか……」
「……孫権様?」
「そうか……なら、うん……いいな……」

ふらふらと眠りの淵に落ちていくような声だ。
なので、周泰には質問の意味を問い返す事が出来ない。もっとも、臣下である周泰に、そんな権利も何もないだろうが。
ただ出来るのは、身体を支えるどさくさに紛れて髪を撫でる位だ。

「……周泰、お前が……」

常に安心できる世であればいい。
――そんな声を出す前に、孫権の口からは寝息しか漏れる事はなかった。