白黒的絡繰機譚

塞がる喉

若干死ネタ、かつ郭淮妻への言及有り

「粥が良いです」

――今、一番食べたいものは何だ?
そう問うた夏侯覇に、寝台に寝そべったままの郭淮はそう答えた。

「……お前、もしかして体調悪かった?」
「いつも通り……ごぶげほげほっ! ……ですよ」
「郭淮のいつも通り、はどっちか分かんねぇよ。でも粥が良いだなんて、やっぱ悪いんじゃねぇの。俺、無茶さしちまった?」
「別にそういう訳では。貴方と違って、私は基本的に食事は粥が多いのですよ。妻からも、消化に良いものを食べるようにときつく……」
「郭淮」

夏侯覇が苛立った声を上げる。

「……すみません」
「いや……うん、俺こそ、ごめん」

郭淮に妻がいると分かっていて迫ったのは自分だ。それなのに、こう現実を突きつけられると虚しくなる。夏侯覇は唇を噛んで、無理やり笑った。

「じゃ、俺作ってくるから! お前は寝て待っとけよ」
「……はい」

何か言いたげに眉を顰めて、それでも郭淮は小さく返事をしただけだった。
ぽん、と布団の上から身体を撫で、夏侯覇は立ち上がる。

(最後に、こんな気持ちになりたくなんて、なかったのに)




「――ちょっと見ない間に、やつれたんじゃね? 郭淮」

兜の向こうに見える郭淮の姿は、最後に会ったあの日よりやつれて見えた。
ふらりふらりと揺れる身体を連弩砲と怒りで支え、ようやっと立っているような。

「貴方が……裏切ったあの日から……ごほっ、私は……」
「飯も喉を通らない、ってか? そんなの、俺もだぜ」

あの日、二人で食べた粥を最後に、喉を通っても味がしない。本当に食事をする事が出来たのかどうか、怪しい程に。
生きるために魏を捨てた筈だが、夏侯覇の身体は生きる事を拒否しているかのようだった。

「こうなるなら、お前を欲しがらなきゃ良かった」

そうしたらきっと、全てが上手くいっていた筈だ。
刃が戸惑う事もなく、足が竦む事もなく、悲痛な表情に怯む事もなく。

『夏侯覇殿は、本当に料理がお上手なのですね』
『惚れ直した? なんて』
『ふふ、そうですね。そうかもしれません』
『……郭淮って、時々すげー事言うよな』
『よく分からないですが……もし、また機会があったらこうして貴方の作る食事を、食べたいものです』
『……』
『夏侯覇殿?』
『あ、いや……うん、そうだな!またいつか、いやいつでも作ってやるよ!』
『楽しみにしていますね』

がきん、と金属のぶつかる音がする。火薬の臭いが、鼻を抜けて喉に貼りつく。
――ああ、もうこれは駄目だ。と夏侯覇は思った。

(最後に残るのが、火薬の味なんて)

これでは粥の味が思い出せない。