白黒的絡繰機譚

白い魚

「げほっ……。そうですね、釣りでも如何ですか」
「釣り?」
「はい。お嫌いでしたか?」
「いやいやいや!お前と一緒なら何だって大好きだって! じゃあ、釣りな。場所は? どっかいいとこ知ってんのか?」
「ええ。先日、鄧艾殿に教えていただきまして」

珍しく重なる休暇を一緒に過ごしたい、と要求したのは夏侯覇だった。
それを聞いた郭淮が提案したのが、上記の一言。恐らく、どちらかの家でゆっくり過ごす事を提案されるのだろうと思っていた夏侯覇は少し驚いた。
その驚きに気がついたのか、鄧艾から貰ったのであろう簡易な地図を卓に広げていた郭淮が顔を上げる。

「……意外でしたか?」
「ん、まあ、ちょっと。虎狩りとか言い出すよか、びっくりはしないかな」
「ふふ、流石にあれは止めました……。まあ、私だってたまには外に出て過ごしたい時もありますよ。家にこもっている方が、空気が澱んで病には悪かったりしますし……げほげほ」
「でも俺は、郭淮となら家にこもってる方が好きかなぁ」
「……貴方の仰るのは、意味が違うでしょう」

昼間から、そういうのは感心しません。
そう言って郭淮はぺしりと夏侯覇の頭を叩いた。




数日後の休暇、郭淮に案内されるままに馬を走らせて辿り着いた池は、なるほど地図がないと行こうとすら思わないような場所に存在していた。
二人で適当な場所に腰を下ろし、釣竿を構える。

「てか、ここ魚釣れんの?」
「鄧艾殿は、釣ったと仰ってましたよ」
「へー……じゃあなんか釣れっかな。デカいのがいい」
「ええ、二人で食べれる様なのが、釣れたら良いです」
「だな。俺が郭淮でも食える様なの、作ってやるよ」

ぴぃ、と頭上で鳥の声がする。繋いだお互いの馬の嘶きも聞こえる。

「……うーん、ぴくりともしねぇな」
「焦っては、いけませんよ。釣りは、のんびり、ゆっくり構えるものです」
「俺にはそういうの苦手だって、知ってるだろ」

風はほぼ無風で、余計に釣竿がしならないのが目立つ。

「……」
「……」

とん、と夏侯覇の肩に、重みが加わる。

「郭淮?」
「……夏侯覇、殿」
「どうした?」
「……私……けほっ」
「あー……お前、眠いの? 声が完全に眠そうなんだけど」
「そう……かも、しれません……」
「ん……」
「郭淮?」
「……」

もう返事はなく、すうすうと寝息だけが聞こえてくる。
夏侯覇はゆっくりと郭淮の手から釣竿を取り上げると、脇に置いた。それをむずがるように、郭淮が肩にほおを擦り付ける。

「……あーあ、もし大物かかったらどうしてくれんだよ? 郭淮」

さらさらと髪に指を通しながら、夏侯覇はそう呟いた。