白黒的絡繰機譚

けぶる

硝煙の匂いは、どちらかと言えば好きな方である、とアスタルは思っている。嫌いならばそもそも、こんな場所にいないだろう。ここはそんな匂いしかしない。
嗅ぎ慣れたすぎたそれの匂いを思い出すのは、肺にたっぷりと煙草の煙を入れた時だ。

「現在の風向きと方向で喫煙は危険行為です」

後方から届く無機質な注意を聞き流して、アスタルは紫煙を吐いた。すぐに風に流され、霧散して消える。
それを見守ってから、アスタルはまだ長い煙草を踏みつぶして消した。そしてぐらり、と振り返る。

「これで満足か? テツジンよォ」
「満足、とは」
「お前が言ったんだろ。消せってよ」
「そうは言っていません。危険行為だと言っただけです」
「変わんねぇよ」

こういうやり取りを、アスタルは何度もテツジンと交わしてきた。戦うだけのロボットのくせに、変な言動をすると毎度思っている。
特に、最近はそれが増えた。

「……」
「つか何しに来たんだよ? テツジン、お前」
「特に、意味は」
「ハァ? お前大丈夫か? メンテ足りねーんじゃねーの」
「……そうなのかもしれません」
「ハァ?」

少しずつ声を小さくしていくテツジンに、アスタルは顔を歪める。恐らくサングラスがあっても、隠し切れないほどに。
敵国の間では非情の機械兵なんて言われている筈の存在とは思えない、弱い声だ。抑揚のない声をしているくせに、ボリュームだけでまるで心があるかのように思える、そんな声だ。
アスタルの口の中が苦くなる。煙草よりも強く、気分が悪くなるような味だ。ちょうど風が止んだので、まあいいだろうと新しい煙草に火を点けた。

「……恐らく」

テツジンがまた小さな声を出す。アスタルの肺には煙が満ちたが、嫌な苦味はまだ口内を支配している。風が止まったせいか、硝煙の匂いが遠い。

「貴方のその煙草の香りが、欲しかったのだと」
「……ハァ?」
「この基地で煙草を吸うのは、貴方だけです」
「お前なに、煙草吸いてぇの」
「いえ。私には意味のないものです。……ですが、もう硝煙以外の強い香りは、それしかない」
「あー……」

アスタルは硝煙の匂いが、どちらかと言えば好きだ。戦場が、戦闘が好きだから、自ずとそうなったのだろうと思っている。けれど、他の兵士はもう嫌だといい、一番硝煙を被っているであろうテツジンも、まるでもう沢山だと言わんばかりの――勿論、彼にそんな感情があるわけないのだ。人間じゃああるまいし!――物言いをする。
煙を吐いた。思い切り、テツジンの顔に吹き付ける。

「何を」
「……好きなんだろ。これ」
「煙草は吸いません」
「あっそ」
「アスタル」

口の中が苦い。硝煙が遠い。早く戦場に駆り出したい。

「お前にゃ絶対、これ以外に似合うもんなんてねぇのに」

硝煙の匂いが。

「――あなたの言いたいことがわかりません、アスタル」
「お前なんぞに分かってたまるか」