白黒的絡繰機譚

ピアスをつける。

キッドが初めてそれに触れた時、基本的に放任主義であるチア・ヴェンタ・ゾア博士はやんわり

「おやめなサイ」

と、口にした。
その頃のキッドはまだ、言葉を口に出来る程成長していなかった。なので、代わりにアシンメトリーに伸ばされた髪の一房に手を触れた。ぐいぐいと引っ張ってみたものの、あれよりはマシなのか、何も言われることはなかった。

それからあまり時が経たないうちに、キッドはチア博士の半分くらいの背丈まで成長した。
研究対象であるキッドの身長体重といった基礎データは、毎日チア博士に計測されている。毎日のそれを淡々とこなしていると、チア博士が言ったのだ。

「大きくなりましたネ、キッド。私のちょうど半分デス」

身長を計測しながら言われたので、キッドは何が半分かは直ぐに理解した。
だが、大きくなった、と言われてもキッドにはそんな風にはちっとも思えなかった。あの日触れたあれはまだキッドには遠い。

「……? どうかしましたカ」
「……」

不思議そうにチア博士がキッドを見つめる。そう思うのも当然だろう。一緒に行動をしていても、二人の視線がかち合う事はあまりない。その必要性がないからだ。
チア博士の問いに答えぬまま、キッドは彼の腰に装着されているポーチへと視線を下ろす。

「キッド?」

がさごそ、とそれの中身に触れる。キッドが頭に思い浮かべたものは、ポーチの隅に見つかった。
手に取ったそれを、何の躊躇もなく己の左耳に刺し込んだ。

「オ……? オオ……?」
「……」

チア博士の両耳に光る小さな金属――ピアスを刺しこまれた左耳は、ずきずきと悲鳴を上げた。

「キッド、ピアスに興味があるのデスカ?」
「……」

興味、という言葉の意味はよく分からなかったが、キッドはこくりと頷いた。
チア博士はずきずきと痛むキッドの左耳を更に穴が開きそうな程見つめてから、満足そうに笑った。

「イヤー! これは新しい発見デス! 折角ですカラ、新しいピアスを入手しまショウ!」
「……」
「どんなのがイイですかネ? 計測が済んだら、直ぐに向かいまショウ!!」
「……」

再度、こくりと頷いて、キッドは計測が終わるまで大人しくしていた。その間も、ずきずきと左耳は痛んだ。

「これで計測は終わりデス!」

出発しますヨ、と足取り軽く進み始めるチア博士の後ろを、いつも通り無言でキッドは連れ添った。
少し視線を上げると、その先にはあの日触れたのと変わらない、金色のピアスが輝いていた。