いなり
転生した元主人と式神
いつか、妖の時代が終わると知っていた。
カラクリが出来て、それがカガクだのキカイだのと呼ばれるようになって広がるのをぼんやりと眺めながら、俺はその考えが間違ってないと確信していた。
だから、俺を受け継ぐ奴がこの家に産まれなくなっても、全然驚かなかった。
寂しくは、あったけど。
――ただ生きているだけの無意味な眠りを続けて、一体何年が経っただろう。俺はもう日を数える事なんて止めていたから、よく分からない。
『人――を――、――を……』
何度も見た夢の中で、俺に向かって声がする。その声の主は、俺の最後のご主人様。所謂式神というやつなのですよ俺は。しかも真面目で力のある、さ。
でも、でも。それだけは無理だぜ、ご主人様。俺に今できるのは、こうやって眠って、誰にも気がつかれないようにするだけ。
もう妖の時代じゃないんだから。
「――おい」
でも……。そう、呼ばれたから。
俺だけを打ち抜くその声で、夢の中じゃない地面の上で呼ばれたから。
「――呼んだ?」
呼ばれたから、起きてみた。
「……別に呼んでなどないのだよ」
「ええっ。そんな筈は」
だって。
アンタどう見たって。
「真ちゃんだし……」
「お前、なぜ俺の名を」
ふるり、と俺の尻尾が震える。
今気がついたけど、俺の尻尾は寝てただけなのになんかやたらと増えたらしい。
――俺なんて、何もしてないのに。
『人事を尽くして、天命を待て』
それが真ちゃんの最後の命令。
命令といっても、まるで子供に言い聞かせる程度の重さしかない言霊は、俺には届ききらず。俺はただただ眠っていただけで。
なのに、さ?
「知ってるよ。だって俺の」
帰ってきたんだよ、真ちゃんはさ。
どれだけの人事を尽くして、どれだけ天命を待っていたんだよ?
馬鹿だね。絶対に馬鹿だ。
そして、俺を覚えていないのも――いや、違う。これは俺の所為だ。俺が命令通りにしていればきっと。
「俺の、唯一のご主人様、なんだから」
でもきっと、今からでも遅くない筈だ。
何百、もしかしたら何千年前のアンタの命令、今こそ果たして見せましょっか?