白黒的絡繰機譚

かみさま

人間と山神

ソイツがやってきたのを見て、俺は溜息を吐いた。
出来る事なら今すぐ土砂崩れでも引き起こして追っ払ってやりたい気分だ。
勿論、山の神である俺がそんな事をする訳にはいかないのだが。そんな事をしたら、祟り神へとまっさかさま。俺は山の神、麓の村々の守り神だと言われてはいるし、実際その呼び名に見合うだけの仕事はしているのだが、本質はただ自分が可愛いだけ。祟り神になんかなりたくねぇし。

「……」

そう、俺は、自分が可愛い。
だから、来てほしくないんだ。

「どうして、来た」

ふわり、と木の上から地面へと舞い降りて、少し高いところにあるソイツの顔を睨みつける。

「会いたかったからッス」
「会うだけで済むと思ってんのか」
「思ってないッス」
「……お前、分かってて来たのか?」
「……」

コイツ――黄瀬は、答えない。
ただの人間の癖に、まるで見透かしているような目をして、俺を見る。堪らなくムカついた。

「帰れ!」

いつも――気まぐれで人里に混じって生活していた時――と同じように、黄瀬の足を蹴る。
いつもは半泣きで「酷いッス!」なんて言う癖に、今日に限って何も言わない。

「嫌ッス」
「じゃあ力ずくで帰らせる」
「出来るんすか?」
「……」

ああ、出来ねーよ。正しく言えば、やってはいけない、だけど。
人に危害は加えられない。守ると約束してるんだから。

「センパイ」

出会った時は、俺は人間の「笠松幸男」を名乗って、コイツの通う道場で先輩だった。
本当のことを知っても、今の姿を見ても、コイツの中では俺は「笠松幸男」なのかと思うと、笑えた。
それは酷く、乾いた笑いだったが。

「……帰れ」
「嫌ッス」
「帰れ」
「嫌ッス、帰らないッス」

真っ直ぐで、けど馬鹿で、でも努力をしてた。
空気は読めないからムカつく事を多かったけど、それでも「笠松幸男」にとって「黄瀬涼太」は可愛い後輩だった。
でも、だから。

「先輩の事が好きだから、一生帰らないッス」

どうしてコイツはこんなに真っ直ぐで、馬鹿で、ムカつくけど――。

「帰れ、馬鹿」

がしがしと黄瀬を蹴り上げる。殴る。
でも、黄瀬は一歩も引かない。何も言わない。

「――お前を一人看取る事になる俺の気持ちも考えろよこの馬鹿」

だから、人間とずっと関わらないようにしてたはずなのに。
自分が可愛いから、そうしてきた筈なのに。
それなのに。
――世界のどこでも、神なんて呼ばれるモンの気まぐれは、碌な事を引き起こさない。

「せんぱい」

お前が死んだら、きっと俺はこの一帯を巻き添えにして死んでしまうのに。