白黒的絡繰機譚

お菓子で10のお題


「こんにちは」


声に下を覗くと、そこにはいつぞやの高校生。

「……」

そのいつぞやの事が事なので、私には挨拶を返す事も、降りて近づく事も出来ない。
だってもしも恨まれていたりしたら嫌じゃないか。
流石にそれ位の事をしてしまったという自覚はある。
あっちだって、そういう事をされたって分かっているだろうに。

「……? オカシイですね。聞いた話によると、お菓子を持っていけば降りて来てくれるという事だった筈です……ああ!」

割と独り言が大きい。
個人的には大きな独り言はちょっと空しくなるので、あんまり好きじゃない。

「ショートケーキを、持ってきたんです!」

……ショートケーキ、か。
ケーキなんてものを最後に食べたのは何時だっただろう。
うーん……まさかケーキまで持って来て、何か危害を加えてくるって事は流石に……ない、と思いたい。

「……」

ベルトのバックルに、ロープを引っ掛ける。
ケーキに釣られた、なんて情けないが、貰えるものは貰っとくべきだ、うん。
――その判断が良かったのか悪かったのか、私には何とも言えないが。



01.ショートケーキの誘惑








「こんにちは、豊大さん。今日はキャラメルを持ってきました」
「あ……ああ、こんにちは」

ショートケーキから始まって、チョコ、飴、ガム、ジュース、その他色々。
私は何故か、この鉄塔で暮らすようになって縁の遠くなった筈の甘味に、侵されている。
平日の夕方は決まって、この子がやって来るからだ。多分帰り道に買ったんだろう、お菓子と共に。

「キャラメルと一口に言っても、結構種類があるんですね。どれがお好きなのか分からないので、全種買ってきました」

鞄から取り出されたのは、見慣れたものから、どうにも記憶にない様なものまで、結構な数のキャラメル。

「こんなに売れてるものなのか……。今更だが、毎日私なんかにこんなにお金を使って、大丈夫なのか?」
「大丈夫? ああ、私のお小遣いの事ですか。それなら御心配に及びません。私、結構お金持ちなんですよ。それに、お金が無くとも、何とかなる事もあるんです」
「そ、そうか……。まあ、その何とかなる、が犯罪行為じゃなきゃ私は構わないけど」
「大丈夫です。豊大さん、どれ食べますか?私はこれ食べます」

パリパリと、フィルムを剥いでいるのは、一番オーソドックスなキャラメル。

「私もそれを貰おうかな」
「分かりました。ではどうぞ」

包み紙も剥がされたキャラメルは、何故かつまんだ指ごと、――私の口へ。



02.キャラメル味のユビサキ








「どうして私に会いに来るんだ?」

そういえばどうしてなんでしょう。
私、考えた事もなかったです。ただ、お菓子を持って行けば、貴方が降りてくると聞いたものですから。
じゃあ試してみようか、そう思ってショートケーキを買いました。
買ったショートケーキを持って行くと、聞いた通り降りて来てくれました。
二つ買っていたので、一緒にケーキを食べました。
……そうです、そこで終わっても良かった筈ですね?

「分かりません」
「分からない……って。じゃあ君は相当暇なんだな」
「私、暇じゃないですよ?」

地球の学生は、思っていた以上に忙しいです。
毎日勉強をしなければならないし、人付き合いというものもありますから。
でもそういうのは、嫌ではないです楽しいです。

「じゃあ余計分からないな。……あ、オイ!溶けてるぞ」

声に手元を見ると、私のアイス(今日はアイスを持って来たのです)はだらりとコーンに沿って溶けています。
すぐに舐めてしまわなければいけない筈なのに、私はそれよりも横の豊大さんの事ばかり考えていました。
どうして私は、ここに、貴方に会いに来るのでしょう?



03.あの日の想いはバニラ色








「――『そのチョコレートより甘い嘘を頂戴。私、それできっと、満足できるわ』」
「……え?」
「昨日読んだ小説に出てきた台詞です。甘い嘘……豊大さん、意味が分かりますか?」
「意味……意味なあ。なんだろうな……例えば、もう会う気もないのに、何時か君のところへ帰ってくるよ、と言うとか?」
「それが、甘いんですか?よく分かりません」
「多分分からなくて良いもんさ。こういうのは、吐く機会が無いに限る」
「……そうですね。あ、でも私は帰ってくる気がありますよ」
「は?」
「私の星へ帰っても、またきっと地球に来ます。ここ、とても良い星ですから。良い人もたくさんいます。豊大さんもとても良い人です」
「良い人か……ありがとう」

私の星、とかよく分からない事がこの子との会話にはよく入る。
しかし……これこそ甘い嘘、っていうものじゃないかな。
最近の私はなんというか、人生のボーナスタイムに入ったみたいだ。この子といると、そう思えるんだ。



04.ご褒美はチョコレートより甘い、嘘








「お料理、お上手ですね」

何時も何時もお土産を貰っているばかりではいけないと思って、ちょっと料理を振る舞ってみた

「ここにいると、食べる事が一番の楽しみになるからなあ。上達もするさ」

食材も調味料も限られてる、ならばレパートリーと腕でどうにかするべきだ。
お陰で結構充実した食生活を送れていると思う。

「そうなんですか。凄いです。尊敬します」
「そこまで言われるとなんか、照れくさいな。さ、冷めないうちに」
「ハイ、いただきます」

ぱしん、と音を立てて両手を合わせてそう言うと、料理を口に運ぶ。
機会に恵まれなかった所為もあってか、人に料理を振る舞う、ってのは何となく緊張するな……。

「どう……だろうか」
「味ですか?美味しいですよ。本当に豊大さんはお上手なんですね」
「そうか……、良かった」

一応自信はあるけれど、それはあくまで自分基準だ。
食べてもらうまでやっぱり分からない。

「思ったのですが、お菓子は作らないんですか?これだけ作れるのなら、お菓子もお上手なのではないですか?」
「お菓子なあ……。材料があれば作れるだろうけど。といっても、オーブンもないし……。となると、ホットケーキとか、クレープくらいだろうな」
「クレープ……ああ、よく女性が食べてるアレですね。良いですね、クレープ。材料を持ってくれば、作ってもらえますか?」
「ん?あ、ああ。別に良いけど……」
「分かりました。明日はクレープの材料を持ってきます。楽しみですね」



05.クレープでも食べようか








大量のマシュマロが、ある。
しかも、中にチョコが入っていたりもしない、ごくごくシンプル、オーソドックスなマシュマロだ。

「……はあ」
「どうしました?」
「……いや、別に」

隣の未起隆は、ニコニコしながらマシュマロを口に運んでいる。
速度が一定過ぎて、なんとも恐ろしい。
私はといえば、その何倍もの時間をかけて、少しずつ口に運んでいる。

「よくそんなに食べれるな……」

マシュマロが嫌い、という訳ではないが、こんなに大量に食べる物でも無いと思う。
というか、この量が普通の学生鞄から出てきた事が信じられない。どうやって入れてたんだ?

「そんなに? これは少量を食べる物なのですか?」

私もそんなにマシュマロについて知っている訳じゃないが……多分、一回で大袋一つを開ける様なものではないと思う。

「そこは人それぞれだと思うが……。それでも、流石に食べすぎじゃないか?」
「豊大さんがそう言うのなら、止めておきます。残り、持って帰った方が良いですか?」
「いや、別に置いていっても構わないよ。でも私はそんなに食べないから……。君が、次また食べれば良い」
「分かりました。では明日も来ますね」

そう言って、未起隆は鉄塔から出る。
明日も、か。
最近よく言われるその言葉、その度に私は時間を気にする。
……そうか、私はこの時間が楽しいのか。



06.マシュマロ×アンニュイ








「あ」

ここまで来てしまうと、流石にもう一度買いに行くのは手間だと思うのです。
けれど……。

「――あれ?おーい、どうしたんだ?」

目的地の鉄塔から、豊大さんが私に向かって声をかけてきました。
ちょっと距離があり話しづらいので、返事をするより先に鉄塔の下まで少し、早足で歩いてしまう事にします。

「バターを、忘れてしまいました」

私が今持っているのは、学生鞄とスーパーのビニール袋。中身は、りんごと砂糖とシナモンです。
今日は、焼きりんごを食べる、という約束だったのですが……。

「そうか。じゃあどうするか……」

ロープで吊り下がったまま、豊大さんはこのりんごをどうするか考えています。
ここで買いに行って来い、と言わないのは、とても優しいと思います。

「ゴメンナサイ」
「ん?いや、私に謝る必要性は……、そうだ、砂糖はあるんだし、りんご飴っぽい感じにしようか」
「りんご飴……ですか?」
「まさか知らないのか?りんご飴」
「ハイ」
「……そうか。とりあえず作るよ」

豊大さんに袋を渡すと、また上へと上がっていきます。
どれくらい時間が掛かるものか分かりませんが、私は何時も通り、下で待っている事にしました。

「お待たせ」
「これが、りんご飴、ですか」
「何かっていうと、単にりんごと飴、かな。本当のりんご飴は丸ごと飴につけるんだ。けどそんなサイズでも無いし……それに、飴を乾かす時間が無い。から単にりんごに飴付けるだけ」
「そうですか。でも美味しそうです」
「本物は夏祭りの時にでも食べると良い。しかし……結構垂れるな、これ」

確かに、固まっていないので、油断すると垂れてしまいます。
……おや。

「付いてますよ」

――良く考えたら、指で拭ってしまえば良かったのです。
けれど、何故かその時の私はそうせず、頬についていたそれを舌で舐めとってしまいました。
私のその行動に豊大さんは一瞬身を固くし、そして私を見ました。

「……変な味がしました」
「……ゴムだからなあ、これ」

豊大さんがそう言って笑ったので、私もつられて笑いました。
私に地球人の顔の違いは良く分からないですが、この人の素顔、ちょっと見てみたいと思うのです。



07.リンゴ飴と君の頬








最近少し忘れかけているけど、こんな時間に夜食として食べれる程甘味があるのは、凄い事だ。
掌にざらざらと零れそうな位金平糖を出しているけど、よくよく考えれば多少勿体無い。
でも、どうせ明日があるんだ、と思うと抑えが利かなくなる。
……太るんじゃないか、とも考えるんだが、動かないとどうしようもない生活だから、と言い訳している。

「……はあ」

鉄塔に住み始めて、3年。殆ど一人で過ごしてきた。
夜どころか朝も昼も、一人でそれが普通だった……だけど、今日みたいに溜息を吐く様な夜が増えた。
原因は分かってる、この金平糖を持ってきたあの子だ。
平日は毎日、土日も時々の物凄い頻度でここにやって来る、ちょっと……いや、かなり変わった高校生。
時々、いやかなり驚かされる事もあるけれど、話すのは楽しい。
最初は手土産ばかりが気になっていた、なんて本人に言ったら流石に呆れられるだろうか。

「甘……」

掌の金平糖をそのままざらざらと口に流し込む。
最近の私は、すっかり甘いものに浸りきっている。
食べ物の甘さ、人の甘さ、時間の甘さ。それを与えてくれる年下の高校生に、すっかり甘やかされている。

「高一だって言ってたよな……」

何時までもここにいる私と違って、あと2年もすれば何処かへ行ってしまうだろう。
分かっていた事だけど、こんな状態は何時までも続かない。そんな事分かっている、けれど、それでも。
――口の中の金平糖に少し、違う味が混じった。



08.涙味のこんぺいとう








「5個、か……」

「スイマセン、数を確認するのを忘れていました」


二人という偶数で、奇数を分けるのは大変です。
何時もはちゃんと気をつけている筈なのに、私今日はどうしたんでしょう?

「いや、私に謝る必要性は……私は頂く立場なのだし……ってこらこら」
「なんでしょう?」
「なんで私に3つ渡すんだ。君が食べるべきだろう」

私が?……ああ、私が買って来たのだから、私が食べるべきだと仰りたいのですね。
でも、私は自分が食べる為じゃなくて、貴方に食べてもらいたくて買って来たんです。

「買ってきた私が渡しているんですから、食べちまえば良いんです。私に気を使う必要はありません」
「君こそ……私に気を使う必要はないと思うが……」

気を使う。その言葉は多分、ちょっと的外れです。
私、気を使ってるんじゃないんですよ。気を惹いているんです。

「気にしないでください」

溜息。

「……君はどうしてここまでするんだ?」

分からない、と答えたあの日からずっと考えていました。
私がここに来る理由、やっと見つけたんです。

「私、豊大さんの事が好きですから」

そうです、大事なのは、理由は、全て貴方。



09.シュークリーム争奪戦








「結構経ったよなあ」
「何がですか?」

今の季節は夏。
出会ってから、随分経った。

「君がここに来るようになってから」
「そう……ですね。結構経ちました」

今日はアイスキャンディー。
水色のそれは、ソーダ味の昔懐かしい割って食べる奴だ。

「君も飽きないね」
「……? 何故、飽きるんですか?」
「だってここは変化のある場所じゃあない。学校みたいに話題が豊富な友達がいる訳でも無い」
「知っていますよ。でも、ここには豊大さんがいます」
「……」

じりじりとした日射し、そして暑さ。
お互いの持っているアイスキャンディーも、じりじりと溶けていく。

「私の言っている事の意味、分かっていますか?」
「……そりゃ、勿論。分からされた、っていうのが正しいけど」

だから、ずっと続いてる。
本当は手土産が無くたって構いやしないんだが、律儀な事だと思う。

「じゃあ、キスしましょう。私、今そうしたいんです」
「……せめて食べ終わってからにした方が良いと思うんだが」

きっと溶けて、ただの甘い水になってしまうから。

「明日また持ってきます」

……ああ、やっぱり私は、甘やかされている。



10.アイスキャンディーと一緒に溶けた