白黒的絡繰機譚

染まりきるまではそのままで

見た目の美醜、というのは俺にとって意味のないものだ。
それは俺が認識できないから、というだけでなく、人間というものはそんなもので判断すべきではないからだ。
本当の美しさ、というものはあの方の様に、肌から感じるものだ。
心の底から感じるものだ、そうだと俺は、信じている。
……のだが、

「テレンス」
「なんですか」

俺とお前の声以外の音は、縫物と人形の小さな呻き声。慣れはしたが、あまり趣味の良いものではないと思う

「マライアとミドラーが先ほど話していたんだが……お前の顔立ちは割と整っているらしいな」

女の会話というのは、意識しなくても、何処にいても聞こえてくる。
それは多分声の高さとか、無意識に大きくなる音量などが関係しているのだろう。

「……はあ。で、それがどうかしたんですか」
「そういえば俺はお前の顔を知らないと思ったんだ」
「それは……そうでしょう」

困惑、もしくは動揺。
まあ、俺がこんな事を言いだしたのだから当然の反応か。

「だから、触れても良いだろうか」
「……何故『だから』になるのか良く分かりませんが」

脈絡が少々変なのは自覚済みだ。
……けれど、おかしな話ではないだろうか?
見える見えないというのはこの際関係ない
触れた事が無い訳ではないが……俺はお前の肌の感触すらまだ覚えていないのだ。
この部屋に響く呻き声にも、誰にも邪魔されない空気にも、唇を合わせる事にもとっくに慣れた筈だというのに。

「駄目だろうか?」
「ここで駄目だと言ったら、貴方引くんですか?」
「いや。その時はまあ……実力行使だな」

数秒の沈黙の後、溜息。

「……分かりました。ンドゥール、貴方は時々、変な事に執着しますね」
「そうだな」

許可も貰ったので、手を伸ばす。
触れたのは……頬、か。

「……手、荒れてますね」
「そうか? 何時もと同じだと思うが」


「じゃあ貴方、普段から荒れてるんですか。まったく……後で、ハンドクリーム差し上げます」
「すまない……んん、お前こそ、顔が荒れてるんじゃないか?」

ところどころ指が止まる。

「そんな事は無いでしょう。失礼な」
「不規則な生活は肌が荒れると聞いた事があるが……ふむ、お前の鼻は高いんだな」

頬から横になぞって、そして下へ。
先ほどまで触れていた頬から随分と高さがある。

「……もう良いでしょう。ペタペタペタペタ……何時まで続けるんですか。大体……男の顔なんて、そんなに撫でまわすものじゃあないと思いますけどね」

頬、鼻、瞼、額、そして最後に唇に触れた時、少しかさついたそれが呆れた声を発した。

「……そうか? 俺は別に……まあ、お前だからだろうが」

大体は分かったが、覚えるにはまだ足りない気がする。

「私だから、ですか」

少しずつ声以外の音が大きくなる。
これは……心音だろうか。

「ああ。お前だからだ」

触れたいと思うのは、覚えたいと思うのは。
あの方と違う美しさ、きっとそれがお前にはある。
……そう、思った

「……どうした?」
「……」

返事は無い
だが、静かではない……寧ろ、五月蝿いくらいになってきた。
その理由に俺が気がついたのは、触れていた頬が随分と熱くなってからだった。