白黒的絡繰機譚

チョコレートお断り

ラバーソール×ダン要素有り

「……何ですか、これは」

「見て分からないかね?一緒に食べようじゃないか」
「……それくらい見たら分かりますよ。けれど、何故一緒に食べなきゃいけないんですか」

差し出された箱は、どうみてもケーキやプリンが入っていそうなそれ。
えらく大きなそれ(一体幾つ買ったんだこの人は)をにこやかに笑いながら差し出す兄さんは、一緒に食べるという事を勝手に決定事項にしている。
……兄さんは、何時もそうだ。

「私がテレンスと食べたいと思っているからだよ……ああ、ちゃんとテレンスが好きなのを買ってきたから」
「ではそれだけ頂いておきますので、兄さんは一人で食べたら良いでしょう」
「テレンス……お前は30過ぎの男が一人でケーキを食べる、という絵面の空しさを知らないな?」
「知りたくもないですけど。私、兄さんと違って忙しいんですよ」

一人でそれだけのケーキを買ってくるという事をやってのけた人が、今更何が空しいっていうんですか。
この歳になって兄弟が仲良くケーキ食べる絵面もどうかと思いますし。
大体、兄さんと違って私はケーキなんてそんなに好きじゃない……嫌いでもないですけど。

「そうか……それなら仕方が無いな」

兄さんはキョロキョロと周りを見渡し……そして、少し遠くの方に見える二つの人影に声をかけた。

「――ダン君!ラバーソール君!ケーキを食べないかい?」

よりによってその二人に声を掛けますか貴方は。
片方だけならともかく、二人揃うと卓を囲むというのは苦行だというのに。

「ケーキ!?食う食う!ダンも食うよな?」
「あー……チーズケーキ、なら」
「勿論あるよ。テレンスが食べないそうだからね……」

そう言ってこちらをちらり、と見る。
……何ですか、その恨みがましいというか当てつけがましい視線は。
そういう視線を送れば、私が言う事を聞くと思っているんでしょう。

「食べない?執事さん、お兄さんに冷たいんだなぁ。かわいそ」
「食べますよ!食べれば良いんでしょう!!」

……兄さんはきっと、私からこの台詞を引き出した事に内心ほくそ笑んでいる。
だから嫌だ、この人は私のペースをことごとく乱していく。

「そうか。じゃあテレンス、これを持っていておくれ。私はフォークと皿を取ってくるから」
「私が準備します!どうせ兄さんは、何処に何があるかも分かってないでしょう……!」

ここに残されるなんて冗談じゃない!
それだったらまだ、私のいないところで話の種にされている方が良い。

「…………何ですか、その顔」

戻ってみると、案の定。
……どうでも良いですけど、この二人は絡みあってるのが基本、というのは何故なんでしょうか。
椅子までピッタリくっつけて、人目ってものを少しは気にしてくれれば良いんですけど、期待するだけ無駄なんでしょうけど、きっと。

「いや、別に。なぁ、ラバーソール」

ニヤついた笑みを貼り付けている二人。

「……兄さん」

別に、な訳が無い、ある訳が無い。

「そんな怖い顔しないでくれ。私は質問に答えただけさ」
「……もう良いです」

さっさと自分の分を食べて、ここを後にしてしまった方が良い。
置かれた箱を開けると、中身は随分とバラエティに富んだラインナップ。
……全種一個ずつ、とか言って買ったんでしょうか、これ。

「じゃ、ダンのチーズケーキと……俺はオペラな」

ひょいひょい、と自分達のケーキを取っていく。
そんなラバーソールの袖を、ダンが引く。

「ラバーソール、一口だけくれないか?」
「ん?ああ、勿論良いぜ」

……展開が読めた。
だから人目を気にして欲しい。

「……はぁ」
「どうしたんだい、テレンス。お前の分はまだちゃんとあるだろう?」

兄さんが差し出すのは、皿に載ったフルーツタルト。
ご機嫌取りのつもりだろうか、原因の癖に。
とりあえず受け取る。
けれど、あんまり食べる気はしない。

「……テレンス、これもあげるから機嫌を直しておくれ」

兄さんが手に取ったのは、シュークリーム。
クリームはあまり好きじゃないんですけど、私。
……なんて考えていたら、

「自分で食べるんじゃないですか……」

皿に載ったシュークリームは、私の方へはやって来ず、兄さんの目の前に。
兄さんは何も言わないまま、それを齧った。
甘いものを食べるときは、割と幸せそうだ。
多分将来は糖尿病になるのでは、と思うがそれは私には関係のない事。
なるなら勝手になれば良い。

「テレンス」
「……何で」

後一文字を発するよりも早く、兄さんが動いた。

「――っ!兄さん!今、これ……っ!」

口に広がるのは、とても久しい苦みと、甘み。
……これは、

「おやテレンス、チョコレートは嫌いだったかい?」

何時もの事、分かってやっている。
どこまで私をおちょくれば済むんだこの人は!

「へー、執事さんってチョコ苦手なのか」

……ある意味、今だけは同席しているのがこの二人でよかったのかもしれない(ンドゥールだったらもっと良かったが)

「……っ……ええ。好んで食べる人の気がしれませんね」

……兄さんが好きなものなんて、食べれる訳が無い。

「…………」

何ですか、その笑みは。
そりゃ昔はどちらかと言えば好きでしたよ、兄さんのチョコレートの箱から、好きな種類だけくれとねだった事もありましたよ。
でも今はあの頃とは違うんですよ一体何年前の話だと思ってるんですか?
……ああ、だから兄さんと一緒にケーキなんか食べたくなかった!