盃二つ
「これでもどうぞ」押しつけられたのはボトルと、グラスが二つ。
――エジプトの夜は、肌を焦がす日が無くなっただけの筈なのに、酷く冷える。だからこそ、酒のアルコールが心地よい。
「……」
こちらへ向かう足音が二人分。そして話し声も二人分……ダニエル・J・ダービーとホル・ホース、か。
「んん? アンタが一人酒してるとこなんて初めて見るぜ」
「本当だ。てっきり私は君は飲まないものだと思っていたよ……ご一緒しても良いかね? ンドゥール君」
「構わない」
どうせこのボトル一本は、俺一人では多いのだ。
それにグラスも一つは余分がある……多分、この二人が来なければ、使わなかっただろう。
渡してきた本人は自分も後で飲むつもりだったのだろうが……。
「……ん? おいおいンドゥール!お前えっらいイイもん飲んでんじゃねーか!」
「……そうなのか?」
受け取り、そして飲んでいるだけだからよく分からない。恐らくアイツも、俺が興味がないのを知っているのでわざわざ説明しなかったのだろう。
「分からずに飲んでいたのかね」
「ああ」
「かーっ! 勿体ねぇなあ!」
全くだ。アイツも、俺なんぞではなくもっと味の分かる奴に飲ませれば良いのだろうに。
「ならお前達で飲むと良い」
「おっ、やりぃ」
パチン、と指を鳴らす音。夜の静けさにはよく響く。まったく、調子の良い男だ。
「こらこら……ンドゥール君、これは君のだろう? 私達は私達のを飲むから大丈夫さ」
ダービーがそういうと同時に、テーブルが振動で揺れる。ガラス瓶が2本……ワインだろうか。
「いや、どうせ飲みきれないしな……それにダービー、これは一度栓を抜いたら、飲みきってしまった方が良いんだろう?」
俺に渡した後、そう言っていた。
「そうだな……なら1杯頂こうか」
「好きにしてくれ。ああ……そうだ、俺がこれをお前たちに分けた事は、誰にも言わないでくれ」
「おや、どうしてだね?」
「なんだ、どっかからかっぱらってきたのかよ?」
「いや……俺にこれを渡した奴の機嫌を損ねたくないのでな」
「……お? もしかして女から貰ったのか?」
「……」
「何だよ、だんまりかぁ? 良いじゃねぇか。黙っとくから、な?」
「ホル・ホース君、あんまり虐めるもんじゃないよ。だが……私も少し、興味があるな」
ホル・ホースはともかく、ダービーもとなるとぐらかすのに限界がありそうだ。
……おや。
「……残りは、お前達で飲んでしまってくれ」
足音が近づいてくる。
この二人と一緒にいる所を見られる訳には……いや、アイツがここに、俺を訪ねてくるところを見られる訳にはいかない。
俺は別に気にしないのだが、アイツの機嫌を損ねたくはない。この二人……というか、ダービーには知られたくない筈だ。
……まぁ、アイツに知られなければ良いだけなんだが。
「おいおい、何処行くんだよンドゥール?」
「もしかしてお迎えが来たのかね? ……このボトルの主が」
「ああ。機嫌を損なわれては堪らないからな……」
どうせ全て飲んでしまったと嘘を吐く事になるので、機嫌を全く損ねないという訳にはいかない。けれど、こんな事を言ったと知られたら、機嫌を損ねるどころではないだろう。
だが俺にも――今まで気付きもしなかったが――顕示欲があったらしい。
「ダービー、お前はよく知っているだろう? ――機嫌を直してやることの難しさを」