白黒的絡繰機譚

特権

「……長いな」

毛根から、毛先へと指の間をスルスルと流れるそれは、男としては随分と長い。
普段はまとめ上げている(らしい)これがこのようになっているのは、きっと珍しい事なのだろう。
一体何人がその様子を見た事があるのだろうか?

「だから如何したと? 別に長くしてるのは私だけじゃないんですから」

確かに一度触れたことのあるヴァニラ・アイスの髪も、同じくらい長かった。
けれど、ヴァニラ・アイスの髪と今触れているこの髪は、随分と違う。感触が、勿論それ以外も。

「……」

毛先を弄る。
自分の髪とも違って、テレンスの髪は随分と柔らかい。


「ンドゥール。手を退けてもらえませんか?」

手を退けたら、多分この髪は何時ものようにまとめ上げられてしまう。
俺にはその何時もの状態が、一体どの様になっているのか、未だ分からない。聞いたところによると、見て分かるものでもないらしい。
……一体、どうなっているんだ?

「……」
「無視ですか?」

この長い髪の色は、赤、らしい。色なぞ俺には意味のないものだが、多分テレンスには似合う色なのだろう。
……本人は、どうもそれがコンプレックスらしいのだが。

「勿体無い」
「は?」
「聞こえなかったか? 勿体無いと言ったんだ」

多分、まとめないこの髪は、動く度にふわふわと揺れるのだろう。
俺にそれを見る事は出来ないが、それでもそう思う。

「それ位は聞こえてます。私をからかっているんですか?」
「ホル・ホースやお前の兄のする事だ、それは」

お前を怒らす事、少なくともそれは俺の役目ではない。

「……まぁ、そうですけれど。朝から兄なんて言葉出さないで頂きたい。気分が悪くなる」

梳いては弄り、そしてまた梳く。
他人の髪をこんなに触った事は、今までなかった筈だ。
では何故今はそれをしているのかという理由は、言葉にする必要もない事だ。

「そうか」

やっていることはただ髪を梳いて、弄って、それだけだ。
……意外と、飽きない。
寧ろもっと、と思うのはこの髪の所為か、それとも持ち主の所為か。

「……で、ですね。ンドゥール」

手首が掴まれる。続けて退けろ、と言うのだろう。
だが、きっとこの一言で、テレンスは俺の好きなようにさせる。

「お前の髪は、とても心地良いな……」

案の定、俺の手首は解放された。