白黒的絡繰機譚

紅色の一滴

「まったくあの人は碌な事をしない…!」

苛立ちが声と足音からヒシヒシと伝わってくる。
それと共にガチャガチャとスプーンが跳ね、陶器に当たっているのだろう、そんな音も聞こえてくる。

「昔から昔から昔から!」

ダン! と勢いよくまるで叩きつけられるようにテーブルへと置かれるのは(確か)銀製のトレイだ。歪みのない円盤の音がする。
そこへ載せられたティーセット達は、何とかトレイの上からはみ出す事は免れた様。しかし、何時も思うのだが、よく中身が零れないものだ。

「……今日は」
「……っ、兄さんも……ホル・ホースも……!」

湯気と共に香るのは、覚えのない香りだ。複雑な、繊細な、だがどこか馴染みのあるような。
この歳になるまで、こんな飲み物を飲む様な機会は無かった。

「なんという葉だ? テレンス」
「…… あ、ああ……今日は……今日はですね、インドの方の葉でしてね……」

DIO様と出会って、全てが変わった。
今のこの状態は、その変化の些細な一つに過ぎない……その筈だ。

「そうか。そう……今日は、冷める前に飲ませてくれるのだろうな?」

つい先日は、淹れる前に愚痴が始まったお陰で、私は乾いた口で相槌を打つこともままならず(別に相槌打ったところで、聞こえている訳ではないが)

「分かっていますよ……ええ、先日は申し訳ありませんでした」
『貴方、もしかしてまだ怒ってるんですか』

……その言葉は、的外れだ。今更、それ位で怒る筈も無い。
私はとうに、この状況を甘受している。最初は偶然と気まぐれに過ぎなかった筈なのに。




『――……ああ、丁度良いところに。貴方、これを飲んでしまってくれませんか』
『これ?』
『失敬……紅茶です。マライアとミドラーに頼まれて淹れたのですけどね、気が変わったそうで。私は今飲む気分ではないので、ご迷惑でなかったら』
『別に迷惑じゃないな。勿体無いし……貰おうか』
『ありがとうございます。砂糖とミルクは如何します?』
『……任せる』
『任せる?そう言われましても……貴方、もしかして』
『ああ、飲んだ事が無いな』
『そうですか……では如何しましょうね……』
『……お前と同じ飲み方で良い』
『私と?』
『お前は詳しいんだろう? 合わせた方が良い飲み方だと思ったんだが……違うか?』
『……え、ええ。そうですね。ンドゥール、貴方良く分かってるじゃないですか』

そこから何故か一回で終わらず続く様になったこの時間――屋内で、高級な茶器で紅茶をすすり、敵ではない他人と向き合う。
例えば今注がれつつあるそれのように、近いうちに形を変えるだろう。そんな、予感がする。