白黒的絡繰機譚

Z線上のアリア

「……何故抵抗する」
「何で抵抗しないと思うかな」

ぐい、と御剣の手を払う。
その行動にあからさまな不満を見せるのは、一体どういう事だよ御剣?

「普通すると思うけどね。そりゃ君は男だよ。でも僕だって男なんだから」

僕は男で君も男。これは間違えようのない事実だ。
それにより一つ、問題が生じてしまう。それは男である君と僕が、さっきまでの様に外国の挨拶とは違う――所謂恋人同士のキス、なんてする様な間柄である故のものだ。
そう、これは大変な問題なんじゃないかと思う。出来ればあんまり問題にしたくない問題でもあるんだけど。

「しかし、こうなった以上どちらかが受け入れなくては仕方ない」
「それは分かるけどね。僕が言いたいのは、どうしてそれが君の中では勝手に決定されてるのか、って事なんだけど」
「ム……、不服か?」

わざわざ聞くような事なのかなそれは。しかも眉間に皺(寧ろヒビと言っていい)を寄せてまでさ。
時々コイツはズレてると思うけれど、こんな時にまで思いたくなかった。

「不服……と言うとちょっと違うかもしれないけど、良い気はしないよね」
「ではどうしろと言うのだ」

御剣の視線は僕に折れろ、と訴える。負けじとそれは嫌だ、という視線を送れば、眉間のヒビがさらに深まった。

「成歩堂」

不機嫌な声。そりゃあいざ、っていう時にこんな抵抗されたらそうもなるよね。僕だってなる。
それでも、それでもだ。人には譲れない一線と言うものがある。御剣が今譲らないように、僕だって譲りたくない。
けど、まあ、うん。もうがっつりベットの上でやるやり取りじゃないなあ、と自分たちの事ながら呆れたくなるね。

「というか、御剣はさあ。アレなの、僕にこうしたいって常々思っちゃったりしてたの」

その深い眉間のヒビの下で、不敵な笑みの下で。
そう考え始めると、何とも堪えがたい笑いがこみあげてくるけれども。流石にここで笑っちゃいけないなって事は分かる。それでコイツの機嫌を損ねたら、色々面倒なのは僕の方なのだ。

「……」

御剣は何も言わない。いや、言えないのか。
僕も経験は多い方じゃないけれども、きっと御剣はもっとないに違いない。推測だけど。いやだって、あの御剣だし。証拠もなければ根拠も薄い、イメージ先行の決めつけだから、御剣からすればたまったもんじゃないだろうけどね。

「……成歩堂」

無言の果てに、御剣がまた僕を呼ぶ。
裁判の嫌な沈黙とは全然違ったけど、……これはこれで、ちょっと居心地が悪かったかな。なんてね。

「質問を投げかけられて質問し返すのもどうかとは思うが……君は、何故まだここにいる?」

御剣を見上げる。御剣は僕を見下ろしている。首が痛くなるような差はないけど、一応そんな感じだ。

「何故ってさあ……。さっき言っただろ、良い気はしない。でもそれ止まりだからだよ」
「ふむ、ではやはり問題はないな」
「いやいや……問題だらけだろ」

今更性別がどうこうだの、世間がどうだの言う気はないけどさ。またちょっと別の話だからこれ。

「君は行き当たりばったりのハッタリ得意の弁護士だが……」
「それは今関係ないだろ……」
「この状況くらい、ひっくり返せない男ではない、だろう?」

……うん、まあ、そうなんだよね。
例えハッタリでしかなくとも、ここで押されっぱなしではいどうぞなんてしないのは、お互いよく分かってる。勿論、御剣だって簡単に折れたりしないけど。
お互い、相手のことなんてよく知ってる。分かってる。

「……この状況でキメ顔で言うもんじゃないけどね。結局僕を抱きたいんだよね君?」
「その、まあ……そういうことになる」

御剣が少しバツが悪そうに一瞬視線を逸らす。
それにあーまあいっかー! ってなってしまう僕も相当だ。

「じゃあ、ま、お手柔らかに?」
「出来得る限り善処しよう」

結局、言葉なんて後付だ。
恋人同士のキスをして、後は野となれ山となれ!
……全部終わった後で、後悔しそうな予感はちょっとするけど、多分それも、最後には笑い話になるんだろう。きっと。