モーニングコール
分かってないね。そんなことしたら、価値が半減してしまうじゃないか!
「……んあ」
間の抜けた声が響く。
まぁボク以外の男の起きぬけ第一声なんて、そんなものだよね。
「――おはよう、タッツミー。何時も思うのだけど、もう少し片付けたらどうだい?」
狭いクラブハウスは何時来ても対戦相手の資料とDVDで溢れてる。
ボクとしては、よくもまぁこんなところで眠れるものだと感心するよ。
「……」
ムクリと上半身を起こして、焦点の合わない瞳でボクを見る。
こういう時のキミの顔は、普段よりも幼く見えるね。元々、童顔だけど。
「……んー……。ジーノ……?」
「なんだい? タッツミー」
「何でいんの……?」
ここはキミが住居にしてるクラブハウス。そして今日はオフ。
うん、キミが疑問に思うのももっともだねタッツミー。
勿論ボクは暇を持て余している訳でも、意味が無いのにこんな場所へ来る程酔狂でも無いからね。
ちゃんと理由があるのさ。……ちゃんと、ね。
「タッツミーに『おはよう』って言いたくて」
「……」
無言でボクを見つめる瞳が、段々と焦点を合わせてくる。
うん、やっぱりキミはボクだけを見ていると良いよ、タッツミー。
「ジーノ、お前……そんなの、電話かメールですりゃ良いだろ……」
「電話しても、タッツミー出ないでしょう。メールだって、何時見る事やら」
残念な事に、キミのプライベートに関するレスポンスは、サッカーに関わっている時と比べて驚くほど悪い。
「まぁ、そうだねー……。で、そんだけ?」
「それだけ……、と言いたいところだけど、出来ればキスもしたいとは思ってるよ。勿論、タッツミーが望むならそれ以上も」
顔を近づける。
安っぽいキミのベットが、ギシリと似合いの安っぽい音を出す。
「いや、いらない」
けど顔を近づけて見たところで、キミには残念ながら効果が無い。
こうやって切り捨てられるのも慣れたものさ。
「……そう、それは残念」
と残念がって肩をすくめて見せたり。するのも、初めてって訳じゃあない。
だから、君は知ってる筈だ。……ボクがこれくらいで引かないって事も、ね?
「で、さ。……ジーノ」
「なんだい?」
「俺、さっきいらないって言ったよな?」
タッツミーの右手がボクの手首を掴む。
手首のある場所は、キミの腰。
「言っていた様な気もするよ」
「気がする、か……。つまり俺に拒否権ないの?」
「どうだろうね?」
拒否権っていうのは、貰うものじゃないとボクは思うけどね。
笑ってはぐらかせば、キミは少し眉間に皺を寄せてから口を開く。
「……俺さ、先に顔洗って歯ぁ磨きたいんだけど」
「それはつまり、そういうことだよね?」
「さー、どーだろうなー。とりあえずこの腕退けてくれるよな?」
ニヤリ、と笑う顔は監督である時と同じで何か企んでいるかのよう。
でも残念、ボクはもう知っているよ。
キミははぐらかしはするけれど、最終的に拒否はしないって事を、ね。
「……良いよ。ついでに髪も梳かした方が良いよタッツミー。寝癖がついているから」
だから大人しく、キミを解放しよう。
名残惜しくはあるけれど、こればかりは仕方が無い。
「ん」
解放すればゆっくりとした動作で立ち上がって、伸びをする。
何でも無い、見慣れた動作だ。けれどボクは、ほぼ毎回この動作を観察する。理由は、多分無い
「タッツミー」
……そういえば。
まだ、ボクは返事を貰っていない。
多分キミは返事をしなくちゃいけない、ってことすら分かって無さそうな気がする。
だから仕方ないね、もう一度、だ。
「おはよう」
たった4文字の言葉に、どうしてキミはそんな驚いた顔をするんだい?
不可解ではあるけれど、他の誰でも無いボクがそうさせているという事実は、心地良くはあるね。
「……おはよう、ジーノ」
……うん、それを待っていたよタッツミー。
さぁ、早く洗って帰っておいでよ。
まだ今日は始まったばかり。今日の予定はちゃんと決めてあるから……。
まずはキスから、実行しようか。