白黒的絡繰機譚

余る椅子は無くていい

そりゃ金はあった方が良いと思うし、無いと困る。あるから今何とかなってるんだし。
けど、それを家に使いたいとは、あんまり思わない。
親父の事もあるけど、それに……。

「どうかしましタか?」
「ん、あ……、何でもねぇ」

頭を振って、顔を上げる。
トニオが俺を、心配そうな顔で見てた。

「そうデスか?ならイイですケド……」

トニオはまだ、俺を心配そうに見る。
別に大丈夫なんだけどなぁ、だってよくある事だし。
頭使うのは苦手中の苦手だけどよ、俺だって別になんにも考えてないって訳じゃない。
最近時々、こんな気持ちになる。ただ、そんだけ。
心配される様なもんじゃないし、心配されても……話せねぇ。
きっと何時までも隠せるもんじゃねぇって事くらい、俺も分かってるけどさ。

「……トニオ、俺帰る。親父も待ってるし」
「送っていきマスよ」
「いいって。そんな遅くねぇし……」

遅くないって言っても、とっくに日は沈んで、空は真っ暗だ。
でも俺は女じゃないし、スタンドで自分を守ることだってできる。
トニオがああ言ってくれるのは、トニオの優しさだし、別に俺だってトニオとテキトーに話しながらあったけぇ車で送ってもらう、てのは悪くないって思う。
けど、やっぱり俺はそれを断んなくちゃならねぇ。

「でも……」
「大丈夫だって。トニオは心配性だなぁ」
「でも……その、デスネ?億泰さん、凄く寂しそうな顔、してマスよ?」

……俺って、賢い行動なんて出来ないから、全部隠して笑ったりとか、そういう事、出来る訳がねぇ。分かってたけどさ。

「あー……」
「……座りますカ? 座って下さい」

一度立った椅子にもう一度座る、というか座らされる。
俺が座ると、トニオは軽く肩を叩いて、それから奥へ消えた。

「お待たせしまシタ」

少しして、トニオがマグカップを持って戻って来る。
受け取ったそれは、甘い匂いと湯気がする。何時もの事だけど、うまそうだ。

「……」

とりあえず飲む。
別に身体は冷えてなかったけど、なんとなく……ようやくあったまった、そんな気がする。
やっぱりトニオの作るモンはスゲェ。

「家に帰りたくないんデスか?それとも……ワタシといるのが、イヤですか?」
「な……っ、そんなことある訳ねぇじゃんよぉ……」

どっちも、違う。
でも……『家に帰りたくない』は、ある意味正しいのかもしんねぇ。

「でハ、どうしました?」
「……」

トニオは、ただ俺の事を心配してくれてる。
分かってる、それは分かり過ぎるくらい分かってる。
けど、俺が思ってる事を、トニオには言えない。
いつかは言わなきゃ、って思ってる。
でも、それは今じゃねぇ……というか、まだ俺には言う決心がつかない。

「……スイマセン、億泰サンを困らせてしまったみたいデスね」
「な……んな訳ねぇ。俺こそ……」

トニオは、大人で、俺はまだガキで。兄貴に言わせりゃ、足手まとい。

「……なあ、トニオ」

だから、うまく言いたい事と言いたくない事を分けられねぇかもしんねぇ。
けど……やっぱ心配させてまで、黙っとく訳にもいかねぇと思う。
……大丈夫、きっとトニオなら。

「俺んちのテーブルって、椅子4つあるんだよ」

俺と、親父と、兄貴と、おふくろと、4人分。

「でも、今それに座んの、俺と親父だけなんだ」

だってもう、兄貴もおふくろもいねぇから。
親父と二人でメシ食うのは、基本的に静かだ。会話のしようもねぇし。
元々兄貴はメシ食いながら喋るな、ってタイプだったから別に凄く変わった訳じゃねぇけど、それでも。
横に誰もいなくて、テーブルの半分がガランとしてるのは、どうしても寂しい。
今日みたいにふっ、とそれを思い出して、どうしようもなくなる。

「……億泰サン……」

仗助や康一は親父の事を知ってるから、別に家に呼んでも何の問題もねぇ。
けど、だからこそ、なんとなく言いづらい。
親父の事を言ってねぇトニオには、もっと言いづらい。

「……わり、トニオに心配かけた……。んでもよ、俺大丈夫だから!な、今度こそ帰るわ」

残ってるカップの中身を一気に飲んで、立ちあがる。
こんだけあったまりゃ、家までヨユーだな。

「大丈夫には、見えマセン」

トニオが俺の手を掴む。

「ワタシには、言えない事もある……。それは、わかりマス。でも、ワタシにはそんな顔をした億泰サンを、そのまま、寂しい食卓につかせる訳ニハ、いきません」
「でも、でもよ……」
「……大丈夫デス」

「ワタシは、何があっても、億泰サンの味方デス。億泰サンが怖がってる事、なんとなくわかります。でも、大丈夫デス。信じてください……ネ?」

そう言って、トニオは笑う。

「……トニオ」

この人は、大人で、優しくて、料理がうまくて、そして……俺の事、好きになってくれた。
俺はガキで、考えんの苦手で、でもトニオの事が好きで。

「……なあ、トニオ。やっぱ送ってくれよ。で、さ……親父に何か、作ってやってくんねぇ?」
「ええ、勿論イイですよ」

多分、今日から3人になれる。
――どうかもうこれ以上、スッカスカなテーブルに座る事が、ないように。