貪欲
足りない、足りない。だから、今。暴走する。気持ちが、心が。自覚はある。
言葉が足りない、言葉にならない、言葉が届かない。
それだけ、それだけの筈。
自覚があるから、直そうとしているし、実際少しずつ改善されている筈だ。
……なのに、どうして俺はこんなに焦るんだろう。
「……悪かった」
顔なんて見れる訳が無い。
それに、どんな顔をしてるかなんて知りたくねぇ。
いや……本当はただ、想像通りの顔をしてるって事を知りたくねぇだけなんだろうけど。
「ざき、さんは、悪く……、ないですから……っ」
しゃくり上げる声。ああ、やっぱり泣かせちまった
それなのにどうしてお前は『悪くない』なんて言うんだよ。
どう考えたって原因は俺だろ?お前だってそう思ってんだろ?
「……」
原因は俺だ。分かってる、痛い程にそれは分かってるんだ。
けど、振り向く事も謝る事も、何も出来ない。
部屋の中には、ただただお前のしゃくり上げる声だけが響いて、流れる涙がシーツにしみこんでいくばかり。
「……っ」
「あ……。俺、部屋、帰りますね」
ズズッ、と鼻をすする音と、ギシリとベッドが軋む音がした。
それにやっと反応して振り向く俺は、多分俺らしさを失っているに違いない。
「……ザキ、さん?」
腰を浮かせた体勢のお前の腕を掴んで、けど、未だ顔を上げる事は出来なくて、下を向いたまま。
お前の顔が見れない、今の自分の顔を見られたくない。
……試合や練習以外は、必死なところなんて見せたくないと思うのは、たった一年先に生まれた故の勝手だなんて知ってる。
「……。行くな」
そう、たった一年だけ。俺とお前の差なんて、それくらいしかない。
そして、まだお互いに……ガキなんだ。
「悪かった。お前の事を考えずにあんな事して、本当に悪かった」
だから加減も何も知らなくて、ただ抑えてきたものをそのまま向ける様な形になってしまって。
そんなことをされたら……なんて、考えなくとも分かる筈だってのに。
「椿、俺は……」
「ザキさん」
「大丈夫、です。俺は、その、ビックリして……泣いちゃって、迷惑かけて」
申し訳なさそうに言われるそれは、どれも普通の事でしかない。そんな声で、告げられる必要なんてない。
「迷惑じゃねぇ。寧ろ、そうしてくれて良かった」
「え……。でも」
「椿」
単純すぎる台詞だって自覚はある。
けど、俺は例えば王子の様な言い回しや語彙何か持っちゃいないから。
「俺は、お前の事が好きだ。だから……止めてくれて良かった。本当に、悪かった」
やっと顔を上げて、お前と視線を交わす。
赤くなった濡れた瞳は、真っ直ぐに俺を見つめてくれる。
「……ザキさんは、勘違いしてます」
「……椿?」
手首を掴む俺の手に触れる、お前の手。合っていた視線が、伏せた頭でまた、切れる。
「俺が……その、テンパっちゃいましたけど、その」
伏せた理由は……多分、見られたくないんだろう。
触れている手首と手から、分かる。
「……ザキさんから『俺の部屋来るか』って言われた時点で、返事した時点で、覚悟したつもりだったんス。それなのに」
俺、どうしても、その、チキンで。
ギリギリ俺に聞こえた声は、多分そう続いた筈なんだ。
「椿」
やっぱり俺達は、お互いにガキなんだ。
そんな俺達にはきっと、まだ早い、だから、
「ザキさん……?」
「……」
今はただ何も言わず、この腕に。それだけできっと十分だろうから。