白黒的絡繰機譚

だが形無いものに価値は無し

勿論、本当は分かっているさ。だが、いくら分かっていても、確信していても、信じていても、それを問わねばならない時というものがある。

「私の事が好きで好きでたまらないだろう、テレンス」
「……またアバラ折られたいんですか、兄さん」
「おや、それ位で済ませてくれるのかね」

確信はある、信じている。
けれど悲しい事に、私の弟は愛情の表現方法を知らない。
若しくは、とてもとても下手くそだ。
最も、兄である私自身もそれに関して上手いという自信はあまりないのだが……。

「お望みならば、全身折って差し上げますよ?」
「いや、遠慮しておこう。お前の答えも聞かずに再起不能する訳にはいかないからな」

答え、という単語にテレンスは眉を顰める。
その様子は、表情で答えを表しているかのようでもある。
しかし、その表情はあくまでも偽り、パフォーマンス、虚像、思いこみ、そのようなものでしかない。
私にお前の様な能力は無いが……表情の読めないギャンブラーでは、勝てないだろう?

「……馬鹿馬鹿しい」

おやおや、馬鹿馬鹿しいと言ってしまうのか。

「馬鹿馬鹿しいかね?だが、それはこんな事を聞く私の事を指しているのかい?それとも……」

言葉を区切る。
何故か?それは覚悟が必要だからだ。
勿論そんなものはとっくにしているんだが……それでも、覚悟に覚悟が必要な時というものは存在する。

「そんな想いを10年以上抱いている自分自身についてかね?」
「……っ」
「おおっと、危ない。酷いじゃないかテレンス」

空を切った拳を受け止める。

「酷い?酷いのは兄さんの冗談でしょう……」

テレンスの顔から、態度から何時もの余裕が剥がれ始める。

「私は真剣だよ」

そしてその余裕がなくなったお前にこんな事を言う私は、真剣ではあるが、狡いのだろう。
だが、狡いと思われなければ……それで良い。

「お前が認めるまで待つつもりだったんだが……もう10年だ。テレンス、私は随分長く待っただろう?」
「何を……」
「お前が認めない限りは、何も言わないつもりだった」

そうでなければ、と思っていた。戒めていた。

「お前が生まれた時から兄として傍にいる筈だったというのに。まったく……お前は私を好きになってしまった」

自覚した日、私はどう思ったのだったか。もう覚えていない。

「あの時、私のアバラを折ったのは、一体どうしてかね?私がお前の彼女を盗ったから……それとも」
「だ、黙れ……」

10も年下の弟は、その年齢よりも少し幼い精神面を持っている。
少し思慮深くないところもあるが……理解力が無い訳ではない。
私の言葉の一つ一つで、お前は自覚していくだろう。
その証拠とでもいうように、受け止めた拳は肩から少しずつ力を失っていく。

「テレンス」

拳ではなく、手首を掴む。
お前は今、逃げだしたくてたまらないだろう?この出来事をすべてなかった事にしてしまいたいだろう?
だが、それでは私が困るんだ。

「私は、誰よりもお前を理解しているんだ。そして……お前を拒まない、裏切らない。今までも今からも、誰よりお前を愛しているよ」
「…………」

テレンスの口から、声にならなかった息が漏れる。
お前が欲しいもの、それは絶対の安心感と不変。
今はまだ、その混乱した頭で私の言葉を疑っているのだろう。
けれどもありがたい事に――本人にとっては幸か不幸か分かったものじゃないが――お前は、私の言葉を信じる能力を持っている。

「もう一度聞こうか、テレンス。『私の事が好きで好きでたまらないだろう?』違うかね?」

私は、聞かなくとも分かっているさ。
勝てる賭けだからこそ、私は仕掛ける。
だがね、テレンス、言葉にしなれければ、何も始まりはしないさ。
どんな道だろうと今更だろう?だから、私の手を取って言いなさい。

「……兄さん……」

続く口の動きは、予想した通り。
これでもう、私達は、