白黒的絡繰機譚

クビキリサロメ

理解しろ、許容するべきだ、一緒にいろ。
そうでないならば、――。
――闇の世界は、基本的に静かだ。
五月蝿くする程の生き物がいない所為でもあるし、闇に音が吸い込まれている所為でもある。
だから、会話もすぐ音を失う。
決して途切れているという訳ではなく、場所が悪いだけだ。

「嫌だ」
「何が」
「全部」
「何を言っているのか分からない」
「お前が分かるなんて思っちゃいない」

目の前でそう言った顔は、前髪と煙草を持つ手に隠されて見えない。
しかし、それにしても失礼な話だ。
分からない原因は、ただお前が単語で返してくるからなのに。
お前が説明さえちゃんとすれば、俺は理解が出来る筈なんだ。
だから、もう一度聞こう。
俺が、お前の言葉を、正しく理解する為に、もう一度だけ。

「分かる様にしろ。もう一度だけ言う」
「言ったって無駄さ。それで俺がどんな言い方をしたところで、お前は分からない」

吐き出された紫煙が空中に舞う。
何故決めつけるのだろう?どうしてそう言い切れるのだろう?
俺には、理解が出来ない。

「べーべべ」

名前を呼ぶ。
けれど、少しうつむいていた顔はこちらを見ない。
まるで見る必要が無いと言わんばかりのそれに、俺はいら立ちを覚える。

「べーべべ」

もう一度呼んだ。
やはりこっちを見ない。
いら立ちが募っていく。
俺の右手が、左手が、がくがくと変な動きをしながら服の内を探る。
目の焦点が合わなくなり、目の前のお前の顔が滲む。

「……そういう事しか、出来ないからだ」

目の焦点は、ずれたままだ。ピント調節を忘れてしまったのだろうか。
見えるのは黒い人型でしかなく、お前だと言い切れるようなものではない。
酷く頼りないそれは、きっと探し当てたこれで切りつければ霧散して消えるのだ。

「何を言っている?」
「何度も言ったな、俺は。お前に何度も言ったよ」

何か言われただろうか。
思い当たる言葉は、記憶の何処にも見当たらない。
記憶にあるのは、ところどころ不自然に開いた穴だけだ。

「知らない。だから、お前は、何を言っている?」
「覚えてねぇか。いや、覚える気が無いだけか?お前は、そうやって自分の思い通りにならない事は忘れるんだな。ガキの思考だ」
「……なんだと?」
「俺は言ったぜ……言い飽きる程、な。だから、もう疲れたんだ。だから終わりだ」
「べーべべ」

黒い人型が、ゆらりと動く。
それは、何時もお前が俺の前から去る時の動きと似ていた。
とっさに伸ばした右手からは、カランカランと音を立ててメスが落ちた。

「……嫌だ。俺は、それを望まない」

分かれよ、とお前は言う。
けれど、俺には何も分からない。
何が悪いのだろう?俺は何か間違った事を言っているのだろうか?それが普通ではないのか?
俺がお前に望んだのは、要求したのはたった一つ。

「俺は、お前の首が欲しい」

何処にも行かない、否定をしない、お前が欲しい。
ただ、それだけだ。

「……首だけを愛されちゃ、俺が……お前も、可哀想だろ」
「何故」

分からない。何を言っているのか、皆目見当がつかない。
拒絶?否定?どれもこれも良く分からない。

「欲しくないのか?」

ようやくピントが合う。
けれど、やはり顔は、表情は分からない(当たり前と言えば当たり前だが)
そしてやはり、俺にはよく理解が出来ない。
だが……――。

「それは、お前の首より価値があるのか?」

俺の求む、最上よりも。

「フツーは、それが一番上なんだよ」
「そうか」

ならば、それで満足が出来るのかもしれない。
空想と現実は、違うのかもしれない。まだ、分からないが。

「なら、欲しい」

そう言って伸ばした手は、

「仕方ねぇな」

掴まれた。