明日はもっと好きになる
そりゃあ僕だって色々と特殊な環境で育ってきているから、それが世間一般かどうか問われても正しい答えは出せないかもしれない。でも、そんな僕から見たって君は……その……ねぇ?
「ねぇ、ハヤト」
君に会うのは(僕の感覚的に)とても久しぶりになる。本当は今すぐ茶卓を飛び越えて抱きしめたいよ。
でも、正面から君を見つめるだけなのも悪くはないけどね。
「なんですか?」
君が言うに、僕は『優しすぎる人』らしいね。
でも、多分それは、君がまだ僕の事を全て分かってはいないから言える事だよ。だって全てを知ったら、君は僕を嫌いになってしまうかもしれないんだから。
「世界の誰より、僕が好き?」
君はきっと、僕がこんな発言をする人間だなんて今まで知らなかっただろう?
その証拠にホラ、ポカンとした表情で僕を見つめてる。
「……」
「ね、好き? 僕は世界の誰よりもハヤトが好きだけど、ハヤトは僕の事、そこまで好きじゃないかい?」
「いえ、あの、その……」
「ああ、世界単位だと考えにくいかな。もっと身近な例えにしようか」
君はこの質問をきっと不快に感じるだろうね。でも、君の世界はこの人に多大な影響を受けすぎているから、僕は望んでしまう。
「――お父さんより、僕が好き?」
誰よりも、何よりも。滑稽だろうけど、嫉妬してしまうんだ。
「な、なんでそこで父さんが出てくるんだ……!」
自覚が無い? そんな筈ないよね。君の口から出てくる話題の最低でも半分はそれなのに。
「そ、そもそも……マツバと父さんを比べることなんて、俺には……」
そわそわと落ち着かなさそうに動く視線と身体。分かりやすいそれが発せられていたって……逃がさないよ?
「……やっぱり、お父さんの方が大事?」
「そういう意味じゃなくて!」
「じゃあ、あれかな。立ち位置が違うから比べられないとかそういう事?」
「普通、そうでしょう……!」
そうなんだろうね。でも、僕はそんな理由じゃ満足できない。きっと君からしたら怖い位、君が大事で、好きで、愛してるから。
「普通は、ね。でも僕は、君の本当の一番でいたいんだよ。家族愛とかそういうのも全部ひっくるめて、1番の愛情が、ハヤトから、欲しい」
「……っ!」
身を乗り出せば、君との距離はほんの数センチ、少し動けば、無防備な君の唇を奪える位置。
勿論奪ってしまいたいけど、今はそれよりも言葉が欲しいよ。他ならぬ君の口から、僕の為だけの最高の一言を、どうか。
「ハヤト」
説得力は無いと思うけど、別に困らせたい訳じゃないよ。
だって僕は君の恋人なんだよ? これくら望んでも良いと思わないかい?
僕はもう、そうなっているから。――それを、長年の目標を失ったせいだと言う人も、いるだろうけれど。
「……アンタは」
「うん」
「どうして何時も……こんなこと、ばっかり」
「……ごめん」
トン、と肩を押されて乗り出した身体を離される。そうして何かを断ち切る様に首を振ってから、君は口を開く。
「やっぱり、父さんと比べるなんて出来ないけど。アンタの望む本当の1番かどうかは、分からないけど。あんな事言われたら、いくらでも……好きになる」
もう十分好きなのに。
声にはならない微かな唇の動きは多分、そう言った。
……そんな事を言われたら、僕の方こそいくらでも君を好きになるよ! 一体君は僕を何処まで惚れさせるつもりだい?
「ハヤ……」
愛しくて、もどかしくて、今度こそ埋めようと身を乗り出した君との間数センチ。埋めたのはまさかの、君から。
「……」
離れる唇をここまで名残惜しいと思ったのは、多分初めてだ。
「まさかハヤトからのキスまで貰えるなんて。今日は幸せすぎて怖いよ……!」
「……どうせ見えてた癖に」
……酷いなぁ!
僕に見えるのは、君が明日も一緒にいてくれる事だけだよ。