白黒的絡繰機譚

アンロック

僕の考えてることを当てる。たったそれだけだ。君なら、簡単だろう?
君はとても優秀だから、これくらい簡単なはず。そうに違いない。
何時も仕事でしている事に近いだろ?だから出来ない筈が無い……よな……?

「だから」
「……当ててみろ、と。そう言うのだな?成歩堂龍一」
「う、うん」

わざわざフルネームで挑発するように僕を呼んだ御剣は、法廷で会った時よりも自信たっぷりな顔をしているように見える。
その自身が一体何処から湧いてくるのか、良く分かんないね。
まぁ、良いや。ともかく、君なら分かるよね?
だから僕が痺れを切らす前に当ててみてね。ここじゃ木槌が振り下ろされたりはしないけど、時間は有限なんだから。








「……」

さて、一体どうしたものか。
自信のある様に振る舞ってみたものの、実際はそうだという訳ではない。
そもそも――勿論、成歩堂は分かってやっているのだろうが――この状況は、私が圧倒的不利だ。
いや、勝てないと言い切っても良いだろう。
なぜならば、出題は『今考えている事を当てること』ここでいう『今』が何時を指すのか、それを決めるのは成歩堂だけだ。
だから、私が口にした答えは幾らでも否定が可能となる。
時間の無駄にもならない、勝率ゼロの、無意味な行為である事は承知の上だ。
けれど、私に否定する権利はない。
……事の発端は、とても些細な、ありふれた、行き違いだ。私も成歩堂も、悪気があった訳じゃない。
お互いにもう、社会人として生きている。だから、仕方が無いそれは分かっているし、分かってくれている筈だ。
だが、それで済むのならば……世界なぞ、平和そのもの。検事や弁護士、警察なぞ必要ないだろう。
だから、成歩堂。君が望むままに、私は、この不毛な行為に参加の意を示そう

「……分かんない?」

痺れを切らしたような声がする。
その表情は、少しむくれた様であり、彼の不機嫌をありありと映し出していた。
――法廷以外で会う時間は思ったより少なく、まるで今までの空白を埋めるか様にそれは待ち遠しくて……だからこそ、削れた時間が戻らない事、代価となるものが存在しない事に憤る。
全ては、ただそれだけに過ぎない。
今もまだお互いに燻ぶるものを抱えていて、意味の無い時間が流れ続け、後で後悔するのだろう。
ならば、終わらせてしまおうではないか。
多少、その方法が強引でも、今より悪くなる事なぞないのだから。

「成歩堂、私の答えは――」
「……!?みつ、る」

言葉なんて無粋なのもは、この際飲み込んで、ただ触れ合った場所から浸食を深めよう。
君の思考を埋め尽くすように、触れて、絡めて、飲み下してしまえば良い。
どうせそれが、お互いの望んでいた事に一番近いのだ。








「――『気持ちよかった』だ」

正直に言ってしまおうか?実はその通りだ、ってね。
でもね、それじゃあ、つまんないし……意味が無いんだ。

「……――残念」
「……ム」

出題は『今僕の考えてる事を当てて』つまり、答えを発表する今の考えで良いわけさ。
だから御剣がやった事は、確かに正解に近い。でも、正解じゃない。
屁理屈?勿論分かってるよ、そんなの。
別に負けるのが嫌とかそういう事じゃなくて、何だろう……なんとなく?

「答えは『もう一回』でした」

……本当は怒ってなんて、いない。分かってるよ、どうしようもない事くらい。
それでも、僕は普段通りを装う事が出来なかった。悪かったと思ってる。
もうさ、全部全部水に流して忘れて――とりあえずもう一回キスしようよ、御剣。