白黒的絡繰機譚

底辺の恋

「それは……」

驚く顔に、わたしは笑う。言いたいことは顔に書いてある。
そうだな、わたしらしくない。そして、お前らしくもない。
だが、こんな仕事をする奴には、碌な奴がいない。それはこの身を持って証明できる事実で、今更何か思う事でもない。
碌でもない、わたし達。

「ひっどい事言うねぇ?」
「だが、事実だろ?」

薄く笑いを浮かべれば、困ったように笑った。本当にわたし達はそう、碌でもない。

「まったく……今日はどうしたんだよ?」

それはわたしが知りたいところさ。
どこに出かける気にもならない、何もする気にならない。
こうしてそうじゃないお前の邪魔をすることだけは、一応やる気になったがな。

「別に」

短く切り捨てて、目を閉じる。高級なソファに足を投げ出した足は、ラバーソールの膝の上。
それだけで動けなくなるお前は、まったくイイ男だよ。

「……そーかよ」

こうやって何もしないでいるのは、お前には苦痛かもしれないな。
だけどそれはわたしの知った事ではないし……本当に嫌だったら、立ち上がればいいだけだ。
それをしないお前は、優しいと言えるのだろう……わたしに関してだけ、だが。それ以外ではやはり、碌でもない。
わたしも同じく碌でもない訳で……ああ、だからお前が良いんだろうなわたしは。

「ラバーソール」

見上げた少し高い位置にある顔は、それだけはそこらのどうでも良い奴と変わらない、人間の顔だ。
……まあ、そこいらに溢れるボンクラ共とは比べ物にならない程ハンサムだけどな?

「お前に会えて良かったよ」
「……どうしたんだよ、ダン」
「さぁ。なんだ、嬉しくないか?」
「そりゃ……嬉しいけどよ」

困れば良い。
こんな台詞が似合わない程度の恋愛なんだと、再確認して安心出来る。
けれど、そんな事をしつつ、きっとお互いに確信している。本質は、まるで物語の様なのだ……そう、そうなのだと。
でも、そんな空気はわたし達には似合わない。夢を見るような性格でもなければ、歳でもなく、荒んでいるわたしたちには、とても遠いもの。
お互いだけが大事で、大事にする為に手っ取り早く金を求めて、その為にはなんだってするさ。そうして生きて、死ぬだけだ。
わたし達に大事なものは、多くないのだから。
それ以外なんて、どうなったって構いやしないだろう? だって大事じゃないんだ。

「なら良いじゃないか。嬉しいってのは良い感情だ。その原因がどうであれ……な」

例え目も当てられない様なものの上に立つのであってもだ。
そんなものまで気にしてたら、生きてけやしない。

「……それもそーか。俺もお前に会えて嬉しいぜ? ダン」

ニィ、と笑う顔が向くのはわたし。
金だけで繋がる今の雇い主なんてわたし達にはどうでもいい。機会をくれた事だけは感謝してるが、それでもだ。

「ラバーソール」

腕を伸ばせば、掴んでくれる。
そのまま引き寄せておくれ、ラバーソール。
そう、わたし達はわたし達のまま。もうお前だけを、この碌でもないわたしのまま、ずっと。
……そう、好きなんだろう。