白黒的絡繰機譚

そんな顔しないで!

影野の素顔の捏造アリ

今日の練習も終了し、部員たちは汗で濡れたユニフォームを脱いで帰り支度を始める。
周りが着々とそれを進める中、影野だけが自分の長い前髪を摘み、じっとそれを見つめていた。

「あれぇ、影野先輩どうかしたんですか?着替えないんですかー?」

着替え終わった宍戸が不思議に思って声をかけると、影野はそちらに顔を向ける。

「髪が……伸びたから……切ろうかな……って思って……」
「は、はあ……そうなんすか……」

正直伸びた、と言われても、元々影野の髪はそこらの女子より長いので、宍戸も雷門の誰にも伸びたかどうかなんて判断が出来ない。
まあ、本人が伸びたというならば伸びたのだろう、と宍戸は納得する事にした。

「へー、影野髪切るの?どんくらい?」

こちらも着替え終わった松野が、声をかける。

「どれくらい……ちょっとだけ……」
「えーっ!つまんないじゃんそんなの。せっかくだしさ、バッサリやっちゃえば良くない?」

特に前髪!と松野は胸ほどに伸びている影野の前髪を掴む。
鼻と口元以外を覆い隠すその髪の下は、未だに誰も見た事がない。

「それは……ちょっと……」
「何でー?邪魔じゃないその髪。てかそんなに伸ばしてさ、どうして隠してるの?」
「確かに。先輩なんで顔隠してるんですかぁ?」

宍戸が問いかける。
周りからしてみれば『お前が言うな』なのだが。

「オイラも気になるでヤンス!」
「俺も、ちょっと気になるッス」

松野・宍戸につられるように、栗松・壁山も興味を示し始める。
いや、彼らだけでなく部室内の全員が声を出さないまでも気にし始めていた。

「いや……その……」
「ねー、どうなってんの?」

松野が前髪を分けようとするのを、影野は必死で避けている。
その必死さが松野を助長している、という事には多分気がついていないのだろう。
ついには宍戸と栗松も加わっての攻防へと発展していく。
こうなると影野の分はかなり悪い。

「こら、お前ら。影野嫌がってるだろー?」

流石にこのままだとまずいと思った円堂が割って入る。
明らかに不満顔だが(特に松野)しぶしぶ影野から離れていく。

「大丈夫か、影野?」
「……大丈夫……ちょっと、嬉しかった……こんなに構ってもらえるなんてさ……」

フヘヘへ、と何とも不気味さの漂う笑い声をあげる。

「そ、そうか……」
「で、髪の下どうなってんの?そんな抵抗するなら、なんかあるんじゃないの?」
「マックス、もう……」
「そんな事言ってさ、本当は円堂も気になってる癖に」

そう言って半田が円堂をつつく。

「半田……まあ、確かに気にはなるけどさ。影野が嫌がってるんだし」

なあ?と円堂は影野に同意を求める。

「嫌……というか、多分……がっかりする……と思う……」
「ガッカリでヤンスか?」
「別に普通だから……」

「普通なら普通で良いよ。隠してるから気になるの。とりあえず見せてよ?嫌じゃないならでいーけど」

溜息を吐きながら松野が影野を促す。
影野は少し間を置いて、ゆっくりと頷いた。

「…………わかった」
「お、オイ!影野!無理すんなよ!」
「大丈夫……でも、普通だから……」

重そうな前髪を耳に掛ける。
けれどそれだけでは顔が殆ど見えず、両手で押さえこむようにしてやっと、目元が露わになった。

「……………」
「……………」

影野に部員ほぼ全員の視線が刺さる。
視線を一身に受ける影野は、落ち着かなさそうに視線を泳がせていた。

「ふ、つう……だったでしょう……?」

見てもらえるのは嬉しいけど、慣れない事はするものじゃないなぁ……そんな事を思いながら影野は何時も通り前髪を垂らす。

「んー……普通っていうか、ねぇ?」
「そうだなあ……なんて言うか……」

松野と半田が顔を見合す。

「可愛らしい顔立ち、かな?」

そう言ったのは一之瀬だった。
彼の後ろでは、土門が困った様な顔をしている。

「……かわいらしい」
「確かに、可愛いとカッコいいのどっちかって言われたら可愛いだなー」
「……円堂まで」
「先輩って垂れ目だったんすねー。ちょっと意外でしたけど、良いと思いますよー」
「え……」
「隠してるの、勿体無いっす!」
「そうでヤンスよー。本当に切っちゃっても良いんじゃないでヤンスか?」
「ねー、やっぱり切っちゃおうよ!」
「あの……その……」
「せめて結ぶとか!」
「おい少林!結んでやれよ!」

鬼道と豪炎寺以外のメンバーが影野へと群がり、また前髪を上げてみたり、どこから取り出したのかゴムを持ちだしてみたりと色々と好き勝手に遊んでいる。
……が、こういう時にその輪に加わるであろう土門が、あまり興味がなさそうに荷物をまとめていた。

「……ねぇ、土門。なんでそんなつまらないって顔してるんだい?」

その様子に気がついた一之瀬が輪を離れ、声をかける。

「あら、俺そんな顔しちゃってる?」

ふざけた声を上げてみるが、幼馴染にそれは通用しない。

「うん。すっごくつまんなさそうだよ」
「…………」

もみくちゃにされている影野を見ながら、土門は目を細めた。
影野が解放されたのは、それから10分ほど後、マネージャー三人組が施錠の為にやって来てからだった。




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「……なんで見せちゃったの」

他の部員に適当な理由をつけて別れ、土門と影野は二人だけで歩いていた。

「だって……あんなに皆が気にしてくれたし……」
「仁ちゃんってば……まあ、仕方ないか。あーあ、やっぱさ、皆も言ってた通り可愛いよ。だから見せたくなかったのに……」

土門が大袈裟に溜息を吐き、肩をすくめる。

「嬉しくないんだけど……」
「はは、だったらやっぱり隠しといたほうが良いよ?絶対言われるから」
「そうする……」
「そうしてそうして。あ、でも俺には見せてくれるよな?」

土門の手が、影野の前髪を梳く。
その隙間から覗く顔は、赤く染まっていた。

「ん……?どうしたんだよ?」

二人揃って足を止める。
夕日に照らされている所為だけではないそれは、先ほど皆の前では現れなかった表情だ。

「……なんでもない」

フイ、と顔を逸らして言われたそれに、土門は少し口角を上げる。

「仁ちゃんってば、嘘は駄目だぜ?どったの?やっぱり仁ちゃんも俺以外に見せたくないとか思っちゃった?」
「…………」

影野は答えず、土門を無視する様に早足で歩き始める。
人と話したいという欲求の強い影野は、基本的に問いかけを無視する様な事はしない。
そうであるからこそ、土門には影野が一体どうしたのかという事は手に取る様に分かった。

「置いてくなよっ」

口の端で笑って、土門は影野に追いつく為に歩み始めた。