白黒的絡繰機譚

こうして僕は

誰もいなくなった部室で三途さんと二人きりになる事は、いつの間にか日課になっていた。
安っぽい、いかにも備品ですといった感じの椅子に向かい合って座って、三途さんのされるがままになる俺。
今日の三途さんは、昨日とは違って俺にベタベタと触る事にしたらしい。

「キミと触れ合っている間は、俺は生きてるかもしれないな」
「かも、なんですか」
「だってその間にも心臓は止まってるかもしれないじゃないか」
「三途さんは、何時どの瞬間だって生きてますよ」
「おや、そう?でも幽谷、前によく分からないとか言ってなかったっけ?」
「そうでしたっけ?」

三途さんの身体は冷たい。冷え症だから、と笑っていたけれど、多分本人もそうだと思っている訳じゃないだろう。どうせまた生きてるのか死んでるのか分からなくなってるだけだ。
俺も、触れる度に少し、ざわつく。この人は生きてるんだと言い聞かせてる。

「今は生きてるかな?」
「生きてますよ」
「幽谷」

細められた目は、布の下の俺の目を見透かしているようで、少し怯んだ。
三途さんの冷たい指が、俺の身体から離れる。

「俺は、次キミに触れたら、死ぬかな」

ちろりと赤い舌が視界に映る。ああ良かった、この人の舌には血が通っている。それもちゃんと酸素の混じった、赤い血だ。
唇に触れた舌も、冷たくない。手は相変わらず冷たいけれども。
赤いそれは、俺の唇を舐めるだけ舐めて、離れていった。濡れた唇に、空気が冷たい。

「……生きてるじゃないですか」
「そう?幽谷が言うならそうかもね」
「別にこれくらいじゃ死なないでしょ。人間そこまで簡単には死なない」
「だと良いけどね」

にこり、と笑う。白い肌は綺麗だけど、何時土気色になっても分からないんじゃないかと不安になる。

「……三途さんは、死にたいんですか」

これは、俺が何時も抱えている疑問だ。この人は、死に向かう言動ばかりする。
俺にそれを聞かせて、一体何がしたいんだろう。俺を不安にさせて、一体何がしたいんだろう。

「さあ?今生きてるのかもよく分からないしね」

寧ろ、と三途さんはまた笑う。この笑い方は、他で見た事がある。何だったか、そうだ、きっとあれだ。

「幽谷に、こっちに来て欲しいんだろうねぇ」

これは、呼び込もうとする幽霊の笑い方だ。静かに精気を奪って、手を取り合って三途の河を渡ろうと目論む、そんな幽霊のする、媚びた笑い方だ。

「俺は三途さんに、どこにも行かないで欲しいですけど」
「嬉しいね。そう思ってくれる人がいるのは良いことだ。特に幽谷、キミだというのは凄く、そう凄く嬉しいよ」
「……どうも」

二コリ、と普通――そう、とても普通の生きている人間らしい――顔で笑ってから、三途さんは椅子を引き摺って俺との距離を詰める。触れ合う膝は、やっぱり冷たい。

「三途さん」
「何?」
「俺が……俺がどこにも行かないで欲しいと思う間は、行かないでくれますか」

この人が曖昧なのは、分かってる。けど、それでも俺は、こう願う。
三途さんは、ただ、笑っただけだった。