白黒的絡繰機譚

見えるもの見えないもの

生きている人間は、そりゃあ誰にだって見える。
そうでない人間は、見える奴と見えない奴がいる。
俺はどれも見えてしまう側の人間だ。……まあ、この学校では大して珍しくもない話なんだが。

「…………」

部室にいると、時々普通じゃ無いものが見える。
それは大概、三途さんの所為だ。あの人は、生きてるのか死んでるのかよく分からないから。三途さん以外だと、八墓さんか黒上さんの所為。あの人たちは、色々なものを引きずっていたり引き摺りこんだりしている。呪いって凄いもんだと思う。
そんな俺にはよく分からない三途さんだが、本人も幽体離脱をやってからその辺が曖昧だと言っていた。今日も三途さんは曖昧で、どちら側の人間か判断が出来ない。
目を細めても、見開いてみても見えるものは変わらない。あの人はどちらかよく分からない。見れば見る程不安定で、地についている筈の足が今にも消えてしまいそうだ。

「幽谷」

三途さんが、俺の視線に気がついた。和やかというか、まるで夢枕に立った死人の様な顔で俺を見つめている。

「はい」
「俺の方見てたね」
「……はあ」

だから何だと言いたいんだろう。気味が悪かっただろうか、それとも理由が必要だっただろうか。
もし正直に理由を述べたら、この人は怒るんだろうか。

「幽谷」
「はい」
「俺の事好き?」
「……は?」
「質問に答えてよ。幽谷、さっきから熱心に俺の事見てたよね。俺の事が好きなの?」
「よく、意味が分からないですけど」

本当に、意味が分からない。確かに見てはいたけれど、それだけだ。
この学校には見るだけで恋愛に結びつける様な奴も多いは多いが……まさかこの人もそれだったのか。そういう人だとは一切思った事がない……というか、この人が恋愛に興味があるなんて思わなかった。何というか、執着心がなさそうな人だとしか思っていなかった。そう、だからこそどちらの人間なのか分からなかったのに。

「そう、意味が分からないか」

仕方ない、とでもいう風に肩をすくめ、三途さんは言った。

「じゃあいいや。忘れて」
「え」
「忘れてね、幽谷」

三途さんの姿がぶれる。今はどちらに近いんだ。分からない。
生きてもないし、死んでもない。どちら側にも属していない?分からない。
俺はどちらも見る事が出来て、そしてそれを見分ける事が出来る筈なのに。それが自分の能力だと思っていた筈なのに。この人の存在は、俺から自信を奪っていく。

「……あ」

戸惑っている間に、部室には俺一人になっていた。
本当に三途さんはここにいたのか?それすらもよく分からない。
窓からグラウンドを見ると、もう皆が集まっている。行かないと。遅れたらきっと、監督の機嫌が悪くなる。

『俺の事が好きなの?』

どうだろう。別に嫌いではないと思う。ただ、あの人はどちらか分からないし、俺の自信を奪っていくから、苦手かもしれないけれど。
さっきまでは生きていた筈なのに、次の瞬間死んでいるかもしれない。けれど死んだ筈なのに生きてる。明確な生と死の境界線を簡単に乗り越えてしまう人、そんな気はする。
だから、いつの間にか、簡単にあちらに行ってしまいそうで、

「忘れられる、訳がない」

俺が見ていないといけないんじゃないかとだけは、思っている。