うちがわはあんしん
わしゃわしゃと手を動かす。ベッドを背もたれにして、足を伸ばしただらりとした格好。俺はあんまり、こういうスペースを使う座り方は、好きじゃない。慣れてない。
でも、膝を貸してって言われたら、そういう俺の都合とか理由は、全部関係なくなってしまう。
「…………」
「…………」
わしゃわしゃ、とりあえず手を動かす。土門の髪の毛は、俺と違って、撫でると、ちょっと痛い。
でも、嫌じゃなくて、だから俺は、撫でるのをやめようとは思わない。
「……土門」
名前を呼んだら、土門は俺の背中にまわした腕の力を強めた。
ちょっとだけ痛かったけど、今は土門の好きにさせようと、思う。
俺にはそれ位しか、出来ないから……ね。
「名字じゃなくて、名前で呼んで」
「……あ、飛鳥」
下の名前で呼ぶのは、初めてじゃない。
また数える程度だから慣れてないだけで、別に嫌って訳じゃないんだ。少し、恥ずかしいけど。
「仁ちゃんはー……優しいねぇ……」
「そう……?」
「そー……」
土門の声は、間延びしてゆっくり。まるでこのまま寝てしまいそう。
それは別に構わないけど、それで土門は良いんだろうか。
「土門」
「…………」
「……飛鳥」
「なーに、仁ちゃん」
意識はきっとフワフワしているんだろうに、変な所はこだわる。
俺は別に、下の名前を呼ぶから仲が良いとか、呼び捨ての方が近しい感じとか、そういう事は一切思わない。
ただ、お互いが納得いく呼び方なら、何でも良いんじゃないか。まあ、俺は土門の呼び方にあんまり納得してないけど。何でちゃん付けなんだろう。
「寝るの?」
「うーん……したいのは山々なんだけど」
「そっちじゃない」
「あら……んー……眠いは……眠いかな……」
俺の胸に顔を埋めて、また腕に、力を込める。とりあえず俺の腕も土門の背中に回す。土門の身体は、羨ましい程無駄が無い。
……土門は何時も、何かに疲れている様な気がする。
きっとそれは、土門の身体には無駄がないのに、色々背負ったり隠したりしすぎてるからだと俺は勝手に思ってる。だってあんまり聞いたり触れたりしないようにしてるけど、土門は俺なんか比べ物にならないくらいハードな人生を送ってる。
親友が死んだとか(これは生きてた訳だけど)スパイをしてたとかそれがバレたとか。
背負ってきたり隠してきたものが多すぎて、土門も全部降ろしきれてない。そんな気が俺はしてる。
だから、二人の時くらいは、好きにさせとこうって、俺は思ってる。土門は俺に、一緒に背負ったり隠す事を望んでない気がするから。
俺に出来るのは、土門が少しくらい忘れる手助け。それだけかもしれないけど、俺以外に誰が出来るの?
好きな人を幸せでいっぱいにして、幸せじゃない事を忘れさせられるようにする。土門には俺、俺には土門しか出来ない事だろう?
「じゃあ……、寝ても良いよ」
「一緒に……寝よ……」
「分かった」
ぽんぽんと肩を叩いて、土門を促して二人揃って、ベッドに傾れ込む。
「おやすみ」
「おやすみ」
一人用のベッドは勿論狭いけど、別に良い。
ぎゅうぎゅう抱き合って眠って、夢の中でも、起きても幸せでいよう?