見ないで離さないで離したくないから
『あいつら、男同士で手ェ繋いで帰ってたらしいぜ』……なんてのが噂されたら困るだろお互いに、と言ってみるだけ言ってみた。
「俺は困らないな」
何時もと変わらない涼しい顔で返されたのは、まあ、予想通りといえば予想通りだ。
それくらいで引っ込む様な奴じゃない。それは十分すぎるほど分かってた。
分かってても言わなきゃいけない事っていうのはあるんだ。一応。
「豪炎寺……」
はぁ、と溜息を吐く。
俺の目の前には、豪炎寺と豪炎寺が差し出した右手。
所謂「手を繋ごう」と誘われている状態、だこれは。
「…………」
そんなちょっと恥ずかし(くないかこれは!)い状態で微動だにしない豪炎寺は、じっと俺の目を見てくるだけで、何もしない。
変に真剣な視線に晒された俺は、なんとなくばつが悪くて、目を逸らす。
そのまま目をつぶって、もう一度溜息を吐いて、代わりに冷たい空気を取り込む。
俺の顔は、すぐ赤くなって嫌だ。
「…………」
豪炎寺は、何時も何時も揺らぐことなく俺を見る。
俺は何時も、それにたじろいで目を逸らしてしまう。
でも、豪炎寺はそんな俺に呆れる事も怒る事もせずに、ただひたすらに待っている。
そういうところに俺は安心して、そしてたじろぐ。
「風丸」
豪炎寺が俺を呼ぶ。
ちらりと横目で見れば、やっぱり真っ直ぐに俺を見ていた。
……分かってる。俺だって別に、豪炎寺に触れたくない訳じゃない。でも、それを行動に移せるかどうかっていうのは、全くの別問題だ。
「……豪炎寺」
まだ差し出された右手に視線を移す。
触れたくない訳じゃない。寧ろ触れたい。でも、それでも。思考がぐるぐる回る。少し視線を上にやれば、豪炎寺はまだしっかりと俺を見据えている。居心地が悪い訳じゃないが、顔が赤くなって、逃げ出したくなる。
「…………」
でも、今これは色々な意味で、良い機会なんだ。誰かに見られたくはない。でも、そんな事を言い出したら何も出来やしない。そうだよな?一郎太。
ゴクリとつばを飲み込むと、俺は左手を豪炎寺の右手に重ねた。
豪炎寺は少し震える俺の手を優しく、でも絶対に離さないという意思を滲ませながら握ってくれた。
「だ、誰か通りかかったら……」
「ああ、分かってる。すぐに放す」
手を繋ぐ。
たったそれだけの事なのに、どうにも平常心ではいられない。それもこれも、きっと豪炎寺の所為だ。
「……豪炎寺」
「なんだ?」
「……いや、何でもない」
豪炎寺の手は思っていた以上に暖かくて、俺は誰も通りかからない事を祈った。