白黒的絡繰機譚

小銭を積み上げお買い上げ

リーマン×コンビニバイトなパラレル

清川和巳、23歳フリーター。現在は某コンビニのとある店舗でバイトとして仕事中。
半年くらい前から働き始めたこのコンビニは、前の居酒屋と違って人間関係に煩わされる事もないけど、出会いがある訳でもない。
淡々とした生活だけど、俺は嫌いじゃない。不満はまあ……不安定って事か。フリーターの宿命だけど。

「いらっしゃいませー」

さて、コンビニってのは色んなお客が来る。それはまあ、接客販売なら普通の事だ。
特に俺は夜勤だから、元々酔っぱらいだの何だのといった普通の状態じゃ無いお客が来る事には慣れてるんだけど……。こんなのは、初めてだった。

「……32円になります」

持ってこられた商品を受け取って、バーコードを読み込んで金額を告げる。
袋に入れるようなものでもないので、テープでよろしいですか?と聞けばうん、との返事が。

「はいはい」
「100円お預かりいたします……68円のお返しです。ありがとうございました」

じゃらりと小銭を財布に入れて、その人は何時もの様に去っていくんだろう。
最近来るようになった変なお客――残業開けのサラリーマン、といった感じのその人は何時も、一つ二つの駄菓子だけを買っていく。
その種類は毎度バラバラで、どれが好みなのかも良く分からない。
更には毎回100円玉を出してくる。わりと大量の筈のあのおつりが毎回他の店で消えているのか、それとも……とか勝手に想像してみたり。
変な人だな、と思う。勿論そんなこと口にも顔にも出さないけど。お客だし。

「……あ、そうだ店員さん」
「はい」

もう聞き飽きたというレベルすら通り越した宣伝とBGMが少し、遠くに感じる。
そういえばこの人に「はい」とか「うん」以上の声をかけられるのは、初めてだった。

「俺の事さぁ、変な客だなーって思ってる?」
「い、いえ……」

まさかの図星の言葉に、俺の肩が揺れた。

「へぇ。まぁどうでも良いんだけどさ。でも多分、覚えてはくれてんだろー?」
「ええ、まぁ……」

ベッドタウンに建つコンビニの深夜客なんて、結構面子は固定されていたりする。

「そっか。俺さ君に会う為にわざわざ来てんだよね」
「え」
「えーと清川、くん?か。うん、多分今一瞬『まさか』と思って消したんだろうそういう意味でさ」

まじまじと俺の名札を見てから名前を呼ぶ。俺の名前も知らずにこんな事言いだしたのか、と思うと力が抜けた。
……まぁ俺だってこの人の名前も何にも知らないんだけど。深夜に駄菓子を100円玉で払っていくお客、それだけしか知らない。

「あ、俺石神ね」

そういう訳でよろしく、清川くん。
へらりとした多分通常通りなのだろう表情で名前を告げると、テープを張り付けたチョコを手にとって自動ドアへと向かっていく。
俺は未だ思考も身体も動かないまま、レジで立ちつくしている。

「あ」

そう声をあげると、サラリーマン……石神さん、が俺の前に戻ってきた。

「忘れてた忘れてた。はい、これ俺の連絡先ね。どうせ明日はバイトないだろ?この夜勤終わったらおいでよ。俺もどうせ休みだからさ」

握りこまされるように渡された紙片をぼけっと見つめたのは、午前2時。
自動ドアが開いて閉まって、それから少し経ってやっと俺はハッとした。
あれはもう変……ってどころじゃないだろ。不審者?良く分からない。

「どーっすかコレ……」

手の中に握らされた、わざわざ手書きで住所が書かれた名刺(見たら結構いい会社だ)の始末と、バイト終了後の行動を迷ってしまうのは、俺の性格故か。それともあの人の独特の雰囲気が為すものか。

「とりあえず床掃除でもしよ……」

――3日後、不満そうな顔のその人に来なかった事を詰られ、強制的にお邪魔する事なるなんて思いもせずに、俺はただ生活の為の勤労に精を出すのだった。