白黒的絡繰機譚

タイムオーバー

ごめんな、と言った俺の声は、自分でも笑えるくらい白々しかった。

「清川」

ぱくぱくと口を動かす清川の名前を呼んだ。
まだやっぱり白々しい俺の声は、場違い過ぎる程に普通にしか聞こえない。多分表情もそんな感じなのかね。
どうしてだろうな。俺も清川と同じくらい動揺してる筈なんだけど。
それを隠しているのか単に出てないのか俺自身にも良く分かんないけど、まあそれはどうでも良いか。
じい、と変わらず清川を見つめていると、なんだかその目が潤んできている様な、そんな気がした。

「……やっぱ駄目だったかぁ」

押さえていた手首を解放する。ちょっと力を込めちまったけど、跡が残ったりはしなかった。

「えと、その、ガミさん……」

ぱちぱちと瞬きをして、目玉を上下左右に動かして、何とか状況判断をしようと頑張っている。
うん、でもどうだろうな。お前は理解できるかね。ああ、別にお前が馬鹿とかそういう風に思ってる訳じゃなくて、ただ単純にさ。
お前の中の常識は、今の状況を理解できるのかね?

「清川さぁ、分かってる?」
「え、えと、その」
「俺だったらさぁ、もう先輩とか後輩とか抜きにして張り飛ばしてでも逃げてるけど」

どうしてしないの?なんて、意地悪く笑ってみたり。意地悪く、ってか意地悪いわな。だって俺、清川が逃げないって分かっててやってるとこあるし。
流石にこんな事、そういう確信でもないとやらないね。

「で、逃げないの?」

部屋のドアは開いてるし、それは玄関も同じ。
もうどうぞお逃げください、ってくらい整えてあったりする。ま、言わないけど。

「……」
「おーい、清川大丈夫?」

ぱちん、と人形みたいに瞬きをして、それだけ。ちょっと笑えてきそうな反応だ。

「ガミさん……」

もぞり、と金髪が動く。
綺麗に染まってるけど、近くで見るとやっぱりそれなりに痛んでる。まあ女じゃないし、ツルツルのサラサラな訳無いか。
別に俺は、そういうの気にしないけどね。

「ん、何」
「えーと……、本気、ですか?」
「そこ疑われちゃう? 清川ー、俺傷つくけど」
「す、スンマセン……」
「まー、何でも良いけどさ。で、逃げないんだ。良いの? 俺自分に都合の良い様にしか受け取んないけど」

今更駄目です、とか言われても引きさがるかって言ったらそうでもないけどさ。
やっぱり普段通りの声と、きっと表情もそうなんだろうけど、別にその通りの内面してる訳じゃないんだぜ?

「……」

清川の目が、何故か真っ直ぐ俺を見つめてる。気まずくないのかね。
そこに映る俺の顔は、うん、思った通り普通だ。自分の事ながら面白い。

「……」

無言が続く。所謂四つん這いって体勢は、何もしないと暇で、そして辛い。
さて清川、俺はこのままお前に倒れ込んで良いの?駄目なの?

「あの、ガミさん」

おずおずと言った感じに、清川が口を開く。

「何?」
「まだ、ですか?」
「……ん?」

何が?

「いや、だからその、本気なんですよ……ね?」
「そうだけど」
「あの、俺逃げてませんよね」
「あ、逃げちゃう?」
「いや、……逃げません、けど」

声がどんどん小さくなる。そしてふい、とやっと視線が外れる。その横顔を見ると、俺と同じくらい普段通りだ。
お前ってもっと顔に出るタイプかと思ってたんだけど。そういうのって土壇場にならないと分かんないもんなんだな。

「ん、じゃあ撤回はナシな。もう逃がしてあげらんねーわ」

こめかみの辺りにキスをする。
触れた髪の毛は、見た時に感じたよりは状態が良かった。やっぱ分かんないもんだな。

「……元々、無かったんじゃないスか」
「さぁ?」

どうだろうな。お前はきっと分かんないけど、俺だってさ、結構動揺してたんだぜ?
今からもきっとそうなんだろうけど、綺麗に取り繕って年上の余裕ってヤツでも見せてやるかね。
まずは手始めに、

「清川、……逃げないでくれてありがとな」

耳元でこう言えば、とりあえずお前を真っ赤にさせられるだろ?