白黒的絡繰機譚

フラワーギフト

サッカー選手×花屋

「なぁ、そこのお兄さん」

日の暮れた細道を、どうしてボクは歩いていたのだっけ。
声のした方を向くと、そこはどうも花屋らしい。『達海生花店』なんて今時流行らない古臭い名前の看板があがっていた。
あまり大きくもないそれは、名前に似合わずこの細道には似合わない新しい建物だ。わざわざこんな、人通りもなさそうな所に店を出すなんて、変わってる。

「売れ残り、貰ってくんねぇ?」

その変わってる人物が、またボクに呼び掛ける。
ツンツン立たせた茶色の頭に、カーキ色のエプロン。特に目を引く容姿でもない、普通の男性。

「要らないよ。売れ残りの花なんて」

街灯のぼんやりとした以外の明かりが殆どないここで、その花屋からの明かりだけがやけに眩しい。

「売れ残りっつっても、きっと王子様のお眼鏡にかなうと思うぜ?」
「……」
「はは、別に知っててもおかしくないだろ。この辺じゃアンタは有名人だ」
「そうだけど」
「否定しねぇのな」
「したって仕方ないでしょ?それに――」

溜息を吐く。多分、この変わった男は、ボクをからかってる。

「有名人は、お互いさま。そうだろう、タッツミー?」
「……ありゃ、知ってたんだ」

まるで悪戯がばれた子供の様な顔で、この人――タッツミーは、笑った。

「この辺りの人は、誰だって知ってるんじゃない?」

まあ、今こんな所で花屋をやっているなんて事を知ってる人は少ないかもしれないけれど。
それでも、この辺りに住んでる人間で知らない人は少ないだろう。それ位の知名度と、人気と、実力が――あった。
ボクもそれはとてもよく知っている。それに――。

「それにさ、ボク達別に初対面じゃ無いじゃない。何でそんなボクが知らない事前提で話をするのさ」

心外だなぁ、と言えば、肩をすくめて首を振る。まるで自分は過去の人間だから、それが自然だと言いたげに。
……確かにその姿と、声と、笑顔を見るまで、記憶の片隅に追いやっていたけれど。

「ま、それはどうでも良いからさ。とりあえず王子様、花、貰ってくれんだろ?」

「……うん、そうだね。貰ってあげても良いよ」

「そうこなくっちゃな」

笑った顔は、ボクの古い記憶と変わりがない。確かもう――30もとっくに過ぎている筈なのに。少しも変わっていない様に思える。
それを知る事が出来たのだから、ボクはもうこの細道を通る事は二度とないだろう。その必要性が無い。
だってボクは王子様なんだ。もう思い出は思い出で良い。片隅に追いやって抱えてるのは似合わない。
――小さな花屋の店先にはまだ、色とりどりの花が並んでいる。
まさかこと同じくらいの量を全部押し付けられるんじゃないだろうか?なんて思いながら店の中に引っ込んだ彼を待った。

「おまたせ」
「……これだけ?」

手渡されたのは、予想とは随分違う、小さめの花束だった。
失礼だけど、こんなアクセスの悪い立地だ。もっとあるんだと思ってたんだけど……。

「お前が言ったんじゃん。この辺りの人は誰でも知ってるんだろ?」

昔と変わらない、飄々とした態度とそれに見合わない思考。
変わらなすぎて本当に――、本当にどうしようもなくなる。
受け取った花束を持つ手に、余計な力がこもってしまうのが分かった。

「……なあ王子様、バラって面倒だと思わねぇ?」
「品種が、多いからかな?」

脈絡も無く、花屋の店主が何を言い出すのだろう。

「まぁね。それもだけど……、まさか王子様知らない?」

この顔は、見覚えがある。
腕を組んでボクを見るその顔は、彼らしいと言えばとても彼らしい。

「さて、俺は店先片付けなきゃな。という訳で王子様、ありがとな貰ってくれて」
「――え?あ、ああ……。別に、別に良いよ、これくらいね」

置き場所も――そんなつもりはないけど――あげる相手も、たくさんいるんだから。
花を貰ってくれればもう興味はないのか、彼はもうボクなんかいないという風に片付けをしていた。
そこにかける言葉も、言葉をかける隙も見つからず、ボクは後ろ髪を引かれる様な気持ちで足を踏み出す。

「――花言葉の一つでも知らなきゃ、今時プレゼントも出来ねぇぜ? 王子様」

少し進んで、声に振り返ると、そこにはさっきと同じ彼らしい表情があった。
にひひ、とそう言って笑った顔は、一体どういう意味の笑みだったのか。
気になって、携帯を開く。検索画面で探すのは、バラの花言葉。白と、帯紅の花言葉は――。
――素早くシャッターの下りたその店先を、ボクらしくない必死さで叩くのは、それから数分後。