白黒的絡繰機譚

ささくれ

イライラする。

「……えーと、堺さん?」
「何だよ」
「い、いやっ!何でもないっす」
「……」

つったく……、一体何度目だよこのやり取りは。
さっきからビクビクしやがって。……一体何なんだ?
こう分かり易くビクつかれると、気になって仕方がねぇ。

「……あの、堺さん」
「だから何だよ」

もうこれは、返事をしてやらない方が良いんだろうか。
意味も無く話しかけられるのは好きじゃねぇ。無駄だろ。

「俺、喉が渇いたんスけど」
「何か飲めばいいだろ……。お前が先週置いていったコーラ、まだ冷蔵庫入ってるぞ」

コイツが買ってきて、冷蔵庫に入れたまま忘れていった。
帰った後に、冷蔵庫を開けて見つけたその時、軽く脱力した事を覚えている。

「え、堺さん飲まなかったんスか」
「飲む訳ないだろあんなもの……。お前が置いてったんだから、責任もって処理しろよ」
「わかってるっすよ。……で、堺さん」
「何だよ世良……。俺に言いたい事があるなら言えば良いだろ」

さっきから俺の名前を呼んでは黙る、もしくは『何でもないっす』の繰り返し。
コイツ一体何がしたいんだ?

「えーと……、その……」

顔を上げて見ると、変な顔……というか、変なものを見る様な顔をしているっていうのが正しいか。
失礼な奴だな……。
そんな事を思っていると、世良はゴクリと音を立てて唾を飲み込み、そして言った。

「頭、退けて欲しいんスけど……」
「……頭?」

――そういえば俺は今、ソファに寝そべって本を読んでいる。
そして頭はひじ掛けに預けていると……そう、思っていた、筈、なん、だが。
持ちあげた視界に映るのは紛れもなく世良であり、そこから少しずつ視線を下ろして行けば……。
――……なるほど、確かに俺は、世良の太腿に頭を預けている、そうとしか言えない格好になっている。

「……」
「……」

沈黙が流れる。
何か言ってやろうと思った事が浮かんだような気がしたが、忘れた。
お互いに何とも言えないまま、見つめあっている。
ばつが悪いけれど、身体が固まった様に動かない。
大体、おかしいだろ、なあ、そうだろ堺良則、そうだろう?
何がおかしいか? そりゃ……全部だ全部。
まず、なんの躊躇いも無く、考えもせず、こうやって頭を預けてしまっている事。
そして、オフの度に、コイツが家にやって来るのを受け入れてしまっている事。
だが、一番問題なのは――コイツに告白された時、なんだかんだで受け入れてしまった事、だ。
今も、先週も、その前も、多分始まりからの全てが、おかしい。
俺らしくないと思う。けれど、どれもが真実で、受け入れるしかない状態だ。
ああ、自分に、コイツに、全てにイラつく。

「……俺も」
「あ、はい?」
「俺も、喉渇いたわ」

読んでいた本を渡して、立ちあがる。
楽とは言い難い格好になっていた首が、少し痛んだ。
冷蔵庫まで歩いて、扉を開ける。
ミネラルウォーターと、冷え切ったコーラを取り出して、バタンと閉めた。

「ほらよ」

緩いカーブを描いたコーラの缶は、見事世良の手に落ちる。

「あ、どもっす!」
「……」

隣に腰掛けて、ペットボトルの口を開ける。
冷えた水は、モヤモヤした思考を少しだけクリアにしてくれたが、だからと言って納得がいく訳じゃない。
チラリと横に目をやると、心底美味そうにコーラを飲んでやがる姿が映った。

「――世良」
「? なんスか?」
「……何でもねぇ」

ただ、イライラする。それだけだ。
ペースを乱されている事は分かりきっているのに、それで良いと思っている自分に、イライラする。
そして、それがどうも俺が率先している形になっている事にもだ。
――……多分俺は、次のオフまでに飲みもしないコーラを買うんだろう。