白黒的絡繰機譚

貴方に出来る事

「ボクは君の為に何が出来るのかな。ねぇ、タッツミー」

髪をなでる。
キミの顔はボクではなくテレビの方を向いていて、勿論視線もそちらに釘付け。
不服だけど、仕方がないね。
だってキミが監督の顔をしてるのにここに入ってきたのは、ボクの意思。
そして残念な事に、ボクはそんなキミをテレビから引き剥がす事なんて出来ないんだ。

「お前はお前の出来ることすれば良いよ」
「あれ、聞こえてたんだ」
「こんなに近くて、聞こえない方がおかしーじゃん」

それはそうなんだけどね。
でも君はいつも、真剣にテレビを、そこに映される試合を見ているだろう?
そこにボクの君へ向けた、個人的な発言は入る余地がないんだもの。
寂しいけど、慣れちゃった。今はそれを利用して、聞こえてなくても構わない事を言って、一人満足してみたり。
ねぇタッツミー、どうして今回に限って聞こえてるの?

「こんな近くで、いつも聞いてないのは誰だっけ?」
「……」

あらら、その怒ったような視線はおかしくない?ボクはただ事実を言っただけなのに。
それに良いのかな?嬉しいけどボクを見て。
キミはまだ『ETU監督』やってるんでしょう?
今度の試合も勝つんだから、ちゃんと研究してくれなくちゃ。

「……ほら、試合見なくていいの?大丈夫だよ、ボクは大人しく待っててあげるから」
「誰も頼んでねーよ、吉田」
「タッツミー……。吉田って言わないでよ……」

ボクがそう呼ばれるの嫌だって知ってるくせに呼ぶ。タッツミーは意地が悪いよね。
でも仕方がない、それがタッツミー、キミなんだもの。
だからボクはキミの髪でも弄りながら、一緒に試合を見てあげる。
どうせ残りはロスタイム、もう長くはないんだから。

「……お前の出来ること、なんて決まってんだろ」

短いロスタイムは、本当にあともう少し。
相変わらずキミはボクを見ないで、テレビに釘付け。けど、ちゃんと会話は成立するようだ。
珍しいね、タッツミー。

「そう? タッツミーは僕に何が出来ると思っているんだい?」
「フットボール」
「……面白みのない答えだなぁ」

他にもあるでしょう。ボクが、タッツミーに出来る事、いっぱいさぁ。
正しくは、出来ることがあると言ってほしいだけなのだけれども。

「……じゃあ、今みたいなこと」
「今?」
「うん、今」

今。今、ボクは何が出来ているっけ。
キミを抱きしめて、髪を弄って、どうでもいいような会話して、それだけ。

「……これがタッツミーに対して出来ること?タッツミー、君はずいぶん安上がりなんだね」
「いいじゃん安上がり。燃費がいい」
「タッツミー……。キミは、さあ」
「ん?」
「ボクを喜ばせるのが得意だよね。でも、安く済むなら、この行き場のないキミへの思いはどうしたらいいのかなあ」

安く済んだら、余っちゃうよ。
キミに対してのボクの愛、正直余りがちなんだから。
だから、あんなこと言ったんだよ分かってるの?

「別にぶつけてくればいいんでね? 俺結構懐広いから。お前の分くらい余裕余裕」
「そんなこと言って。後悔しても知らないよ、ボク」
「お前こそ、俺の懐の深さに惚れ直したらいいよ」

もう今惚れ直した、かもね。
けどさ、タッツミー……。一ついいかな。

「ねぇ、いい加減こっち向いてよ。試合終わったよ?」

そういうこと、ちゃんとこっち向いて言ってほしいな。