白黒的絡繰機譚

おうちごはん

……俺ってこんなに献身的だったっけ。

「……はぁ」

溜息。
これは別に、今の状況が嫌だとかそういう意味で出た溜息じゃない。
何だろう、慣れてしまった自分自身への呆れとかそういうものなんだろう、うん。

「清川ー、まだー?」

向こうからは、ゆるい声。

「もうちょっとですからー」

俺は振り向きもせずに返事をして、鍋の中で茹で上がったパスタをフライパンの中へと移した。
出来上がるのは別に何の変哲もない、味付けは醤油メインの和風パスタ。
この部屋でパスタを作るのは、一体何度目だったっけ。

「出来ましたよー」

皿に移したパスタを持って、テーブルへと移動する。
この部屋の主――ガミさんは、待ちくたびれたと言わんばかりの表情でテーブルに腕を投げだしている。

「待ちくたびれたー。醤油って良い匂いするよな……。こう、空腹を煽る匂いが……」

醤油の匂いが空腹を煽るってのは同意。……なんだけど、それはいいんだけど。
あんまりこういう事言いたくないけど、この人、俺を何だと思ってんだろ。

「ガミさん……。せめて飲み物用意するとか、それくらいしてくださいよ」
「え?ああー……。ゴメン」

俺の言葉で初めてそういう事に気が付いたらしい。
このやりとりも一体何度目だったっけ。
割と初期の頃からだった気がするから……、片手じゃ足りない、か?
――俺とガミさんが付き合い始めてから、割と頻繁に俺は今日みたいにガミさんの家に行く。
正確には、来させられる、って言うのかもしれないけど。
ガミさんはメールや電話で俺を呼び出す。……しかも、毎回同じメールを再送信したり、声を使いまわしてんのか、って思うほど同じ言葉同じ言い回しで。

『清川、俺腹減ったんだよね……飯作りに来てよ』

そんな言葉で毎回ちゃんと来て、飯作っちゃう俺は相当だってことは分かってる。
なんだろう……。チームの先輩とかそういう事もあるんだろうけど、なんか断れないんだよな……。
多分、ガミさんも分かってやってる……んだと思う。そういう人だし。

「……ガミさん、一体俺を何だと思ってるんスか」

パスタの入った皿を置いて、こっそり小声でそう呟いた。

「んー……?奥さん」

……この人は、何時もこういう時にしっかり後ろを取る。

「……」

何でもない、例えば天気の話みたいにガミさんはよくそういう事を言う。
そしてその度に俺は困る。……というか困惑する羽目になる。
だって、なぁ?そういう人だって知ってるし、分かってるけど。それでも予想なんて出来ないんだこの人の考えてる事も言い出す事も。

「おいおい清川ー、何だよその顔?」

差し出されたグラスを受け取って、俺は本日何度目かの溜息を吐く。

「こういう顔以外にどうしろって言うんスか」
「んー、喜べばいいんじゃね?」
「喜べって言われても……」

俺は紛れもなく男だから、奥さん扱いされて喜べるかっていったらちょっと無理だ。
いや、ちょっとどころか凄く無理。奥さん扱いされるより奥さんが欲しいです勿論。

「はは、清川らしい反応だなー」

ガミさんは笑って、手を合わせてからパスタを口に運ぶ。
やっぱりガミさんは良く分からない。分かってるけど、分からない。

「はぁ……」

溜息は出るけど、こういうのにも慣れた。
……慣れって凄いな。

「やっぱ旨いなー。あ、そうだ清川」
「なんスか?」

パスタから顔を上げる。
……乗り出してこないで欲しい。
ああ、服に醤油のシミが出来ても俺は知りませんからね。シミ抜きして、なんて言われても無視してやろうか……なんて多分出来なさそうだし。汚れませんように。

「勘違いしてそうだから言っとくけど」

――理解できても、記憶していても。
やっぱり、無理だ。分かるけど分からない。ただ一つだけ分かる事は、

「さっきの俺は本気だし……あと、お前のそういう反応、好きだわ」

この人はやっぱり、分かってやっている、それだけ。