白黒的絡繰機譚

虫の良い、きっと夢

伝わる訳なんか、ねーよな。
男が男に『好きだ』なんて言ったところで、どうしようもないって事くらい、知ってる。
上手い具合に友情や人間として、という風に取ってくれればまだ取り繕いもあるが、本当の意味を理解されてしまっては逃れようも無い。
それくらいは知ってる、この感情はイレギュラーで、受け入れられる事のないモンだ。
……知ってんだよ、分かってんだよ。

「ザキさん?」

『メシ奢ってやる』
お互いに体育会系気質に浸かりきっているから、連れ出したいならこの一言で事足りる。
こういう時に、たった一つだろうと年上は便利だと思う。
もし逆に年下だったりしたら、多分奢られるような立場に耐えられなかったような気がする。
なんとなく、だけれどもコイツにそういうものだとはいえ『借り』めいたものは作りたくない、そんな事を感じてしまう。
その理由は、わざわざ今日奢るなんて言ってまで連れ出した理由と同じなんだが。

「……何でもねぇ」

少し眉をひそめて、心配する様な視線。決して不快な訳じゃないが、何となく居心地が悪くなる。
それを振り払う為に、俺はジョッキの中のビールをあおった。

「なら、良いっスけど……」

何か言いたそうな気配を含んだ声。
別に酔っ払ってる訳じゃないが、普段だったら気にならない(というか無視した)それが、何となく気に障った。

「何だよ。椿、言いたい事があるなら言えよ」
「へ? いや、その……あ、きょ、今日はありがとうございました!わざわざ俺なんかを……」
「……」

『俺なんか』
椿はそう言うが……。コイツは考えた事がないんだろうか?
練習後でもなく、オフに、一人だけ、誰にも知られないよう(特に王子)メールでわざわざ誘いだした。その、理由を。

「ザキさん?」
「……俺が好きでもない奴に、わざわざ奢ってやりてぇとか思うかよ」

そういう面倒は嫌いだ。
多分コイツも、それを知らない訳ではないと思う。
なら、コイツの中では一体俺は、どういう理由をもってあんな方法で今日誘ったと思っているんだろう?

「……い、いえ」
「俺は」

口が止まらない。
飲みほしたビールの所為か、それとも他に原因があるのか。

「お前だから、奢るんだよ。会いたいんだよ。お互い男だけど――デートしたいんだよ」
「……」

キョトン、というかポカンと言うか、そんな文字が背後に書いてありそうな、間抜けな顔。
いや、俺だって多分あんまり大差のない顔をしてんだろうが……。
……ああ、きっとこれは夢だ、そうだそうに決まってる。
その証拠に、

「凄く、嬉しいです。俺……。俺も……――」

普段通りのコイツなら、きっとこんな反応をする筈がない。
少なくとも、俺の知る椿はそうじゃない。
こんな上手くいく筈が……、ある訳がない。

「……椿」
「っス」

やはり本当に、全部夢なのかもしれない。
……そうだとしたら、俺は一体どれだけ欲求不満なんだ、ということになるが……。まぁ、気にしない事にする。

「目ぇ、つぶれ」

夢だとしたら、今からする事に意味なんてない。
(そうじゃないと言いたいが)欲求不満が高まるくらいはあるかもしんねぇが。
……だが、こんな状態見逃すなんて出来るか?

「……? はい」

一瞬キョトンとしたところから察するに、コイツはまだ自分の状況が分かって無いに違いない。
こうやって肩を掴んでも、大人しく目を閉じたまま。
――触れ合った部分は夢にしてはやけに温かく、柔らかく、そしてリアルだ。

「……っは」

お互いの限界を迎えて、そして離れても、夢が覚める事は、なかった。
ああ、なら、これは――?