愛でるは証明
当たり前だとは思うけれど、忠犬と呼ぶからには、飼い主の自覚はあるつもりさ。それでも、なんて言わないでよ。ね?
――ボクなりに真面目に取り組んだ練習も終わり、着替えてしまえばもう後は帰るだけ。
そうそう、明日は特に予定が無いんだよね。
勿論そういう時は、何時もみたいにタッツミーと過ごすのも悪くないんだけど……。
「そうだ、バッキー」
「ハイっ!何ですか王子!」
うん、良い返事。
「明日、食事にでも連れて行ってあげよう。ああ、勿論ボクが奢ってあげるからね」
「……え、しょ、食事?」
「飼い犬の健康管理も飼い主の責任だからね」
キミってなんか、健康に気を付けているようでそうでもなさそうだしね。
……ああ、でも最近はそうでもないかもしれない。
なにせ誰よりも五月蝿く言ってきそうな番犬がいたことをちょっと失念してたよ。
そうそう、バッキーを誘うなら、彼にお伺いを立てた方が良いのかな?
「ねぇ、ザッキー」
「……なんスか、王子」
おや、もしかしてバッキーを食事に誘った事が気に入らないのかい?嫌なら先に予定を入れておけば良いのに。
わざわざ予定として入れなくても良い、というだけなのかもしれないけれども。
「キミも来るかい?勿論奢ってあげるよ」
にこやかに誘ってあげたのに、どうした事か嫌そうな顔をされてしまった。
酷いなぁ、王子様のお誘いなのに。
そういう態度をする番犬に躾けた覚えは、ボクには無いよ?
「遠慮しとくッス」
そっけない返事だねまったく。
「おや、そう。それは残念だ。じゃあバッキー、明日は迎えに行ってあげるよ」
「え!? あ、はい」
「……」
断っておきながら、視線が恨みがましいよ?ザッキー。
そんな表情するくらいなら、ボクがバッキーを誘った時点で割り込んでくるとか、色々出来たじゃないか。
そしてそれに気が付かないバッキーもバッキーだ。
まぁ、これくらいの方が可愛いのかもしれないね。ボクには、良く分からないけれど。
「なんだかなぁ……」
何というか、何というのやら。
「王子?」
……いいよ、これも飼い主の義務さ。そういう事に、しておいてあげよう
「やっぱり明日は止めとこうか、バッキー」
「……あ、はい……?」
「よくよく考えたら、キミにはまず、テーブルマナーから教えないといけない気がするしね……。まぁ、そこはザッキーが教えてくれるだろうけど」
そうだろう?という問いかけを込めてザッキーの方を見れば、一瞬何とも言えない顔して、そして少しだけ笑った。
対してバッキーはと言うと、イマイチ事態が呑み込めていない様で、ボクとザッキーの間でキョロキョロしていた。
まったく、君達には世話が焼けるよ。でも、飼い犬同士の仲を取り持つ事も大切だろうね。
……別に取り持つまでも無い、ってことは置いておくとして。
「――……って事があってね」
「ふぅん……」
折角面白い話をしてあげたのに、興味は残念な事に持ってもらえなかったらしい。
ボクよりテーブルの上のタマゴサンドが気になっているってどういう事?
キミがタマゴサンドが食べたいっていうから、キミの為だけにわざわざ用意してあげたけど……。こういう時はしない方が良かったかな、なんて思ってしまう。
「で、何? 王子様は構ってもらえなくて寂しかった訳?」
「うーん……。構って欲しかったかっていうとそういう訳じゃないと思うよ? 別にあの二人……、というかザッキーを怒らせたいと思ってはいないからね」
勿論あの二人と食事をするのは色々楽しそうではあるけれど。
それが邪魔になるのなら、仕方が無い。
「あー、違う違う。そうじゃなくて」
ひらひらと、気だるそうに右手を振る。
同じく気だるそうな表情を貼り付けた顔は、首だけでは無理だと言わんばかりに左手で頬を支えられている。
「お前が俺に構ってもらえなくて、ってコト」
そう言ったキミの視線は、その時だけやっとボクの方を見た。
まるで何かを暴かれた様な気のするそれに、ボクは少しだけ、怯む。
「……タッツミー」
けれどそれは本当に一瞬で、次の瞬間には、内から湧き上がってくるもので打ち消された。
「何だよ」
「今、ボクは凄く嬉しいんだけど」
思えば、タッツミーの言った事はとても正しい。
多分あの時のボクは、少しだけキミとの関係に疲れていたんだろう。だってキミの前では、ボクばかりが空回っている様な気がしたから。
「なんで?」
「キミが嫉妬してくれるなんて思わなかったよ……。ボクが想像していた以上にタッツミー、キミはボクの事を想っていてくれたんだね……」
「はぁ? なんでそうなるの」
「そうにしかならないじゃない。ああ、もしかして無意識だったのかい?」
「……もー何でも良いや。俺は飯食うからさ、お前は好きに浮かれてれば良いよ」
そう言ってタマゴサンドへと伸びた腕を、掴む。
「何。まだ何かあんの?」
勿論あるさ。分かってるんだろう?でもキミは、きっとしてくれないんだろうから。
王子様は素直に、王様へとお願いするよ。
「ボクを構ってよ、タッツミー」