白黒的絡繰機譚

心配症

今日、どうも王子は不機嫌みたいだった。
練習中はあれ?って思う程度だったんだけど……。終わって更衣室なんて狭いとこにいると、分かる。
なんて言うかこう……、空気が尖っている様な感じで、その、近づいたらいけないんだろうな、っていうのが凄く伝わって来る。
も、もしかして俺が何かしちゃったんだろうか……!?

「椿」

俺の何が王子を怒らせちゃったのか分からないけど……(一昨日の試合は寧ろ褒めてもらったし……)と、とりあえず謝らないと!
でも……。今声掛けたらきっと余計に不機嫌になっちゃうかもしれない。
それくらい今の王子は近づきがたい……っていうか近づけない!

「おい、椿」

けど、だからと言って気がついてないフリなんて出来ないし……。
いや本当に俺が不機嫌の原因かどうかなんて分かんないけど……って王子すっごくコッチ見てる!寧ろ睨んでる!
ああああ……。やっぱり俺が何かしちゃったんだ……。

「おい、椿!!」
「……は、はひ!?」

大声に振り向くと、そこにはザキさんが呆れた顔で立っていた。
というか……何時の間にみんな帰ったんだろう……?やっぱり王子の雰囲気に耐えられなかったとかなのかな……。

「ったく……。着替えもしねぇで何ボーっとしてんだ」
「あ、えと……その、スイマセンっした」
「……まぁ、分からねぇでも無いけどな」

スイ、とザキさんが目を向けるのはやっぱり王子。うう……、まだこっち見てる……。

「とりあえず落ち着け。別にお前が何かした訳じゃねぇから」
「え。でも……」

王子は俺に対して何か思う事があるみたいだし……。それなのに俺が何かしてない訳が無い。

「お前は何もしてねぇよ……。俺は見てんだ、王子なんかより、ずっと」

少しだけ、ザキさんの視線が泳ぐ。
前に言っていた。自分は、言葉で伝えるのが気恥ずかしいんだって。
その時も今みたいな顔してたっけ。

「……ざき、さん」

俺は、知ってる。
見てた原因、理由、それとか、色々。
知ったのも分かったのもつい最近だけど……俺も同じ事を思ってて、だから。

「そこ」

不機嫌そうな声。
王子の方を見ると、さっきよりも更に機嫌が悪そうな顔をしてる。

「……なんスか、王子。さっきからこっち睨んで、何か用っスか」

無いなら早く帰ったらどうっスか、なんてザキさんは王子を煽る様な事を言う。
スイマセン俺、凄く逃げ出したいです……。

「……」

王子は答えない。
やっぱりこっち……というか俺を睨むばっかりで、口を開く気配さえない。

「……あー……、いい加減にして欲しいんスけど」
「ざ、ザキさ」
「嫉妬するのは勝手っスけどね? コイツがそんな器用な事出来る訳無いっスよ」
「し、嫉妬……?」

一体誰が、誰に? 話がさっぱり見えてこない。

「……椿、もしかして分かってねぇ?」
「え、あ……。ハイ」
「お前は王子に嫉妬されてんの。……監督との、仲を」
「……え?」

王子が、俺と、監督に……嫉妬?
何というか嫉妬なんて言葉とは遠い……というか、される側であって間違ってもする側じゃなさそうな王子が? 俺と……監督? え、って事は……

「ざ、ザキさん……。お、王子って、その、監督、と」
「そういうこった。ホラ、王子。こんなのが監督と何かある訳無いっスよ」

というか俺がさせねぇッス。
……と続けたザキさんは俺の腰を引き寄せる。
急なそれに俺は少しバランスを崩して、ザキさんにもたれかかる様な格好になる。
そんな俺達の様子を見た王子は、少しだけ身体にまとわりつく不機嫌を抑えて、そして溜息を吐いた。

「……そうみたいだね。その言葉、信じてあげても良いよ、ザッキー」
「なんで上から目線なんスか……」
「バッキー」
「は、はい!」
「ザッキーはああ言っているけど……。キミはどうなの?」
「え、えーと……」

俺は……俺にとって、ザキさんは、チームメイトで、先輩で。監督は監督で、俺を認めてくれた人で、尊敬してて。
どっちも大切で、でもそこには決定的な違いがあって、だから――。

「俺は……、ザキさんだけです」
「――……。お前ら何してんの?」

入口に目をやると、そこには監督が立っていた。
き、聞かれて……ないよ、な?今来たばっかり……だと、思い、たい。

「か、監督……!え、あ、その」

俺が何とか説明(というか言い訳)を言おうとしている間に、監督は王子を見て、何か察したらしい。

「……ジーノ」
「……」

少し責めるような監督の声に、王子は目を逸らす。

「赤崎」
「はい?」
「さっさと椿着替えさせて帰れよ」
「……っス」
「オラ、行くぞジーノ」
「……」

有無を言わせない様な雰囲気の監督に、王子は素直に(でもやっぱり不機嫌そう)荷物を持って更衣室から出ていった。

「……あ、そうだ椿」

一緒に扉から出ようとした監督が、くるりと向き直って俺を見る。

「は、ハイ!」
「もうちょっと隠せるようになんねぇと、バレっぞ」
「……!?」

それだけ言うと、監督はさっさと出ていってしまった。パタン、と閉まる扉の音が、やけに耳に残った。
『隠せるように』それが何かなんて流石に分かる。
つまりその、あの……俺とザキさんの、事しか、ない……だろう。
反射的にザキさんの方を見ると、不思議そうな表情で俺を見てる。

「……もしかして椿、知らなかったのか?つか、王子が知ってるんだから、監督もそりゃ……」

何でザキさんはこんなに落ち着いてられるんだろう。
俺なんかもう、色々な事実で、頭がパンクしそうで、その。

「でも、椿。さっきのはその……、嬉しかった」

そう言って、ザキさんは、俺に――。
パンクしそうな頭は、更に血が集まって、熱が上がって、そして、もう俺には、

「え、あ、ざ、ザキさん……俺……」

今から、明日から、どうしたら良いか、分かりません……!






――パタン、とドアを閉めると、先に部屋に入ったキミは、振り返ってボクを見る。

「お前なー……。二度とすんなよ、こんな事。あーあ、椿明日ガッタガタかもな」

タッツミーはボクに溜息を吐く。

「……仕方ないでしょ」

でも分かってる?原因はキミにあるって事をさ。
キミがあんなに彼を見なければ、こんな事にはならなかったんだよ。

「ジーノ?」
「ボクは嫉妬深いのさタッツミー。フラフラしてると、痛い目見るかもしれないよ?」

それを訴える様に、少しだけ低い位置にある生え際にキスを落としてみたり。

「……ハッ」
「タッツミー?」

笑うのは、どうしてだい?

「お前こそ、俺がどこかに行きたくならないよう頑張るこった」

そうして、今度はキミからボクの唇に――。