白黒的絡繰機譚

首輪を付ける

お互いにその先を握り合って、そして最後に起こることなんて、ねえ。
軽い音のノックを2回だけ。許可? 取ったって仕方ないじゃないか。
扉の向こうからは、きっとキミが夢中で見ているのだろう試合の歓声しか聞こえてこないからね。

「タッツミー、ちょっと良いかい?」

部屋の主の了解の無いまま扉を開けて、その中へ。
ボクが入ると同時に、扉の傍の紙の束が崩れ出す。タッツミー、ここは部屋であって物置じゃない筈だよね?

「……ん? どしたジーノ」

部屋の主は振り向きもしない。
ただただ目の前の映像に齧りついて、次への糧とするのに必死。
どうした、なんて言いながら、きっとボクの事なんて気にかけてもいないんだろうね。
それはとても残念だけれど……、今だけは、とても好都合。

「ちょっとキミに話があってね」

なんとか数歩歩けば、キミのすぐ後ろへと立つ事が出来る。
丸まった背中からは、ボクを気にする気配は感じられない。
そんな無防備な背中を、ボクは膝を折って包み込んでしまう事にした。

「!?」

……おや、流石に反応があるね。
ちょっと大袈裟なのは、キミは背中若しくは首筋が弱いとか?

「ちょ、ジーノ」
「なんだい?」
「なんだい……、じゃねーだろ。お前話しに来たんだろ。なんだこの体勢」
「おや、タッツミーはこの体勢が苦手なのかい?」

ボクの腕の中に納まる丸まった背中は、酷く細く感じる。元々細いなぁ、とは思っていたんだけどね。

「そういう問題じゃねーだろ。ジーノ、からかいに来たなら帰れよ。俺忙しーんだから」

その言葉通りキミの視線は未だテレビに向いていて、こっちを見る気配はやっぱり無い。

「……タッツミー、キミはボクがからかいでこんな事をすると思っているのかい?」

数秒の間。

「……いや、思わないね。だからこそ俺は帰れって言ってんだ」

その言葉は、まるで試合中の様に硬くて、他人行儀。
……ああ、これはつまり、そういう事なんだ。

「ふうん……。つまりタッツミーは、ボクが何を話に来たのか分かっている訳だ」
「……」
「じゃあ前置きも何もいらないね」

きっとキミの事だ、もう返事は考えてあるだろうね。
その返事がどっちであれ……。ボクのする事は変わらない。変えられる訳も無い。

「ボク達は、」

だってもう行動しちゃったんだから。ここで引くなんて、カッコ悪いじゃない?

「ボク達はお互いのものになるべきだよ、タッツミー」
「……」
「……」
「流石に」
「うん?」
「そーくるとは思わなかった」

そう言ったキミの声はどこか悔しそうで。
キミの想像以上の事が出来たのならば……。これはかなり大成功だと言えるんじゃない?

「それは光栄だ。で、タッツミー。返事は貰えるのかい?」
「……ああ、やるよ。返事」

首をこちらへと向ける。
そこに浮かぶ表情は、まるで試合中のそれ。

「お前が望むのなら、監督してないときはそうしてやっても良い」
「……」
「なんだよその顔。不満か?」
「いやあ……、まさかそうくるとはね。てっきり切り捨てられるものだとばかり」
「王子様にしては弱気なこって」
「違うよ。キミの場合は……最初に宣言しといたほうが良いと思ったのさ。普通にアプローチしても、キミには届かない」

回す腕に力を込めて、肩口に顔を埋めて。そして、首筋に。

「おい、ジーノ」
「良いじゃないこれくらい。だってもう、タッツミーはボクのものなんだから」

キミの手からリモコンを奪う。
ボクは君の言うとおり望むんだ。ならこれからの時間の為には、それは必要ないだろう?
そして邪魔な騒音も止めておこう。今から聞く音に、歓声は要らないんだ。

「そうでしょ?タッツミー」

ビデオを止めて、僕に集中させてしまえば、キミはボクのもの。

「今は、な。でもお前も俺のなんだから、言う事聞けよ?」

勿論、だってボクはキミのものになったんだから。

「分かってるよ、嬉しいなぁ……。ねぇ、タッツミー。今から出掛けない?」
「えー、ヤダ。めんどい」
「そんな事言わずにさぁ。この部屋じゃ、つまらないじゃない」

狭くて、床からベッドまで埋まっていて。
そんな部屋じゃ、キミが何時『監督』に戻ってしまうか不安で仕方ないから。
でもタッツミー、キミは、

「悪かったな、つまらない部屋で……。ジーノ、ほら」
「?」
「つまんねー部屋でも出来る事くらい、しねーの?」

どうしてそう、切り替えが上手いんだろうね?