白黒的絡繰機譚

世界の殺し方

馬乃介生存パラレル どちらも病んでます。

虚ろな目が、俺を見つめている。

「俺の事好きならアイツ殺してくれよ。ちゃんとお前だってばれない計画を考えてやるから。一人殺したら、キスしてやるよ。二人殺したら、そうだな、銜えてやろうか?で、全員殺したら――」

要求されている事も、それの見返りも全て、全てがおかしい。それは十分すぎるほど分かっている。けれど、俺の口も身体も何もかもが動かず、否定も肯定も出来ない。ただ背中をつう、と嫌な汗が流れただけだ。

「馬乃介」
「……」
「なあ、馬乃介。好きだろ?俺の事。ずっと……そう、ずっと好きだっただろ?」

ずり、と身体を引きずる様にして草太が俺に一歩近づく。身体はまだ動かない。

「俺はちゃあんと、知ってるよ?」

ひやりとした草太の手が頬を撫でる。間近に迫った顔にある二つの目はやはり虚ろだが、そこには俺が映っている。酷く強張った俺の顔が。

「ね、馬乃介。俺の事嫌い?嫌いじゃないよね。好きだよね。さっき俺が言った事……本気だよ?キスして欲しいでしょ?銜えて欲しいでしょ?俺が欲しいでしょ?馬乃介、アイツを、アイツらを殺してくれよ。そしたら俺をあげるよ?欲しいでしょ?馬乃介、俺は分かってるよ……」

呪詛の様な言葉が、俺の耳を支配する。
ああ、好きだよ。ずっと好きだったさ。でも、今俺の前にいるこれは誰だ?俺が知ってる猿代草太じゃない、もっと別の何かだろこれは。俺の知ってる草太はこんな事を言わない。こんな冷たい手をしてない。こんな目をしてない。何だ、これは何だ。

「……そ、うた」

上ずった様な、締め上げられた様な滑稽な声が漏れる。それに返事をするように、かくり、と草太(なのだろうか本当に)の首が傾く。

「なぁに?」
「そうた……。草太、なんだよな」
「そうだよ。当たり前じゃない馬乃介。俺が草太だよ。お前の知ってる……お前に縛られて、凍え死にそうになって、12年前から行方不明になってた、草太だよ?」

ぐい、と押し倒すような勢いで草太が顔を近づける。虚ろな眼には、やはり俺が映っていた。

「なぁ、俺が好きだろ?俺が欲しいだろ?俺に……許して欲しいだろ?」
「……!」
「馬乃介、なぁ」

虚ろな目と、冷たい手。そして視界の端には裂けそうな程つり上がった口が見えた。
……ああ、そうさその通りだ。俺はお前が好きで、欲しくて、許して欲しい。
これが俺の知らない草太でも、草太でなくとも、もう構わない。

「……ああ、やってやるよ。誰だって殺してやる。誰からだって守ってやる。草太、お前の為になんだってしてやるよ」
「わぁ、ホント?」

嬉しそうに笑う。――記憶の中の笑顔と同じ様に。

「じゃあ最初はどれを殺してもらおうかなぁ?ふふふ……あははは!」

言葉が耳を素通りする。

「馬乃介」

けれど、俺を呼ぶなら話は別だ。それだけはもう、絶対に聞き逃さない。

「ちょっとだけ、前払いしてあげる」

冷たい両腕が、俺を抱きしめる。

「嬉しいでしょ?」
「ああ……」

ぞくりぞくりと、何かが湧きあがる。草太の瞳に映る俺が見えない。見たくない。

「で、何人殺れば良い?全員殺ったらお前が抱けるんだろ?」

目の焦点が合わない。まあ、どうだって良いが。草太さえ見えれば、何にも問題ねぇんだから。

――冷たい手に体温が奪われる様に、何かが奪われた様な気だけがした。




********




アイツが血にまみれた両手と服で戻って来た時は、そりゃあ嬉しかったさ。

「見てくれよ草太!これで全員だな!」
「わぁ、流石馬乃介。本当に殺してきてくれたんだ」
「言っただろ、俺はお前の為なら何だってするってよ……。それに、お前の計画通りにして、上手くいかない訳が無いだろう?」

嬉しそうに馬乃介が笑う。俺もつられる様に笑う。
俺を好きで好きで、裏切らない馬乃介。俺が欲しくて欲しくて仕方が無い、可愛い馬乃介。俺の為だけに生きてる。ふふふ、馬鹿みたい。笑えちゃう。笑っちゃう。

「そうだよねぇ。俺の計画だもん」
「そうだぜ、お前の計画だからな。……なあ、草太」

馬乃介の血まみれの手が俺の腰を引き寄せる。あはは、ベタベタして気持ち悪い。

「何だよ馬乃介……」
「分かってんだろ。な、全員殺ったんだ。ご褒美くれよ……」
「んー……馬乃介、もうひとつだけお願いして良い?そしたらあげるから……」

宥める様にキスを一つ。お詫びにね。
なあ馬乃介、お前は思い出してるよな。俺お前の所為で死にかけたよあの日から身体が冷たいんだお前と違って。俺が必死で逃げてる間お前は呑気に学校行って友達作って彼女作って過ごしてたんだろ?なあどうしてお前だけ俺が触れも出来なかったもの持ってんだよ。せめてお前みたいな身体でもあれば良かったんだけどそれすら俺は持てなかったよなぁ不公平だな世界って。
馬乃介、俺はお前が嫌いじゃない。でも嫌いだよ憎いんだ。なぁ俺の復讐はまだ終わってないんだお前も救いようのない馬鹿じゃないんだ分かるだろう?なぁ、馬乃介、なぁ、お願いだ。

「仕方ねぇなぁ……。何だよ?何して欲しい?」
「――で」

お願いだよ、馬乃介。

「じゃあ最後のお願い!馬乃介も死んでよ俺の為に!」

――ああ、多分今俺この18年間で一番イイ笑顔してる。

「……」

ぽかん、としたマヌケ顔。ふふふ、本当に馬鹿みたいな顔だよ馬乃介。
でも馬鹿だよねお前は馬鹿だよ。馬鹿だから嫌いじゃないよ馬鹿だから嫌いだよ。

「馬乃介、お願い」
「……草太」

なぁ、一度も想像しなかった?俺がこうお願いするって事一度も想像しなかった?じゃあやっぱり馬鹿なんだよお前は。
その血で滑った汚い腕を早く放して。そして俺の為に死んでそしたらお前に抱かれてあげるから。

「……草太」

馬乃介の顔から表情が消える。どうしたんだろう。

「なあ、俺なんかしたか?お前の言うとおりにしてきたじゃねぇか。俺が嫌いなのか草太俺を許してくれないのか俺を捨てんのか。……駄目だ。それは駄目だ許さねぇ許さねぇからな草太。俺はお前のものだが、って事はだ、お前は俺のものなんだ。そう、そうなんだよ草太!お前は俺のものなんだ!ならもうそろそろ…… 俺がお前にお願いしたって、良いよなぁ?なあ、良いに決まってるよな」

……ん?馬乃介は一体何を言ってるんだろう。よく分からないな。

「なあ草太、これから何処に行こうな?ここはもう用が無いだろう?二人だけで暮らせる場所をさがさねぇとなぁ……。もうお前が殺って欲しい奴はいないんだろう?まあ今から誰が出来るかもしれねぇけどそれはすぐ殺してやるから心配すんな。そうだその時はまたご褒美くれよ当然だよな?はは、楽しみだぜお前と暮らすのは絶対……俺の草太が、俺だけの草太が……はは……ああ、やっと、やっと……」

んん、分からない。馬乃介は一体何を言ってるんだ?なあ腕を放してくれよ苦しいな。

「草太、もう俺だけのものだろう?」

分かんないな。でも、頷いとけばいいんだろう。そんな気がする。

「うん」

馬乃介はまだ死んでくれないけど、馬乃介は今死んだね。じゃあ俺からはご褒美をあげないといけない。約束は守らないと、な?

「守ってやるからな。ずっと……お前が」

ぎゅう、と抱きしめられる。苦しいな、俺が死んだらどうするの。

「お前が、俺以外見なくて済む様に、一生」

酷く魅力的な言葉が聞こえた。




********




「――白、似合わなくない?」
「そんな事ねぇよ、よく似合ってんぜ」
「ふぅん……。馬乃介がそう言うなら、そうなのかなぁ」

ぐい、とあんまり余裕のない首輪を引っ張る。てかてかした安っぽい白のそれは、でも俺の力じゃ絶対に引きちぎる事は出来なさそうだ。
この首輪は、俺が馬乃介のものだって印。それ以上でもそれ以下でも無い、ただの首輪。付けてるだけ。鎖も何も繋がってない。

「つか、お前に似合わないものがここにある訳ねぇだろ?俺が選んだんだから」
「あー……、だよね。馬乃介が選んだんだから」
「服も、よく似合ってるぜ」
「ありがと。――でも馬乃介?こんな趣味あったんだ。知らなかった」
「知らなかったか?じゃあ覚えといてくれよ。大事な事だからな」
「覚えとくよ。大事な事だからね」

着させられてる服は、全く俺の趣味じゃないけど、馬乃介の趣味だっていうなら仕方ない。だって俺は馬乃介のものなんだから。
でも、と俺は思う。だったら馬乃介の俺の趣味の服を着ないといけないんじゃないだろうか。だって馬乃介は俺のものだ。

「ねぇ、馬乃介。俺の趣味の服着てよ」
「良いぜ。……でも、お前の趣味の服ってどんなだよ」
「選んであげるよ」

ここじゃどうしようもないけど。でも、俺はここから出れないし、出る気も無い。だって馬乃介が言ったんだ。ここにいれば馬乃介以外を見なくて済むってさ。それってとっても素敵な事じゃないか?
でもここにいても馬乃介の服は選べない。……ま、今は外に出なくたって何でも出来るんだけどね。

「カタログちょうだい。選んであげるから」
「分かった。そのうち取ってくるわ。楽しみだな……、お前が俺の服選んでくれるなんて」
「ふふ、それくらい当然だろ?だって俺は馬乃介ので、馬乃介は俺のなんだから」

てらてらと俺の首で白い首輪が光る。馬乃介の首では、黒い首輪が光っている。
扉の向こうを見なくなってもうどれだけ経っただろう?まあどうだって良い事なんだけど。俺は本当に馬乃介以外を見る事なくここで生きてるし、馬乃介はそれを守ってくれてる。天国、エデン、極楽?そんな感じの狭い世界がここにはある。

「あー……そうだ、忘れてた」

馬乃介が右手を俺の前に出す。にこにこと笑うその顔に、俺もつられて笑う。

「ほら草太、コイツ嫌いだろ嫌いだよな?お前の嫌いな奴殺ってきたんだからご褒美くれよ。なぁ。もう……何人目だったかは忘れちまったけど……まぁ良いか。前よりイイの、頼むぜ」

誰だろうな。馬乃介の差し出したこの人は。俺はこんな人知らないな。まあ馬乃介以外の人間の顔なんてもう俺には分からないんだけど。でも馬乃介が嫌いっていうなら、俺はコイツが嫌いなんだろう。そうに決まってる。

「良いよ。……何が欲しい?」
「お前。お前以外何も要らねぇ」
「馬乃介は正直だなぁ」

正直な子には、ご褒美をあげないと。お願いを聞いてくれる子には、ご褒美をあげないと。馬乃介には、ご褒美をあげないと。

「好きだよ馬乃介。馬乃介だけが好きだよ」

だって他に俺に何があるの?

「好きだぜ草太。お前以外なんてどうでも良い」

だって俺以外に何もないよ?

俺は凍えたけど、死んでないね。馬乃介は死んだけど、生きてるね。世界は壊れたけど、新しくなったね。
幸せってないと思ってたけど、ここにはあるんだね。
俺達が幸せな世界が、ここにはあるよ。ね、馬乃介?