白黒的絡繰機譚

彼は生真面目だったので

7年前から面識がある設定

「好きです」

名前も知らない男の人に、そんなことを告げたのは16才の時だった。その人は困ったような顔をして、少しかがんで俺と目線を合わせてくれた。
遠目から見てもかっこいいと思っていた顔が、至近距離にある。切れ長の目が、オレを見ている。

「気持ちは嬉しいよ。でも……君は未成年だろう? 申し訳ないけれど、応えることが出来ないんだ」

オレは目を丸くした。だって、この人はオレを気持ち悪いだとか嫌いだとかそういう理由で拒絶したわけじゃない。でも、そんな、期待させないでほしい。なら、未成年じゃなくなったら、とか思ってしまう。

「もし君が、大人になっても同じ気持ちだったら――、なんて狡いけれど」
「オレの気持ちは、変わりません! 大丈夫です!」
「そう、か。……じゃあ7年後にまた聞かせてほしい」

ん? と思ったけれど、優しい笑顔を至近距離で見て、オレはただただ頷くことしかできなかったんだ。そんなことより、心臓がうるさかったから。
――結局、その後一度も会うことなく7年が過ぎてしまったけれど。




「そういえば、なんで7年だったんですか?」

あの時とそこまで変わらない身長差のまま、高い位置にある好きな人を見上げる。
オレがずっと好きな人――夕神さんは、あんな事件があって刑務所に入っていたのに、俺のことを覚えていてくれた。

『7年前のこと覚えてるか? ――こんな俺でも、また同じ言葉を聞かせてくれねェか』

人相はだいぶ変わってしまっているのに、あの時と同じような笑顔を向けられて、オレは発声練習の成果なんて1ミリも出せてない掠れ声でまた「好きです」と告げた。
それに微笑んだ顔は、笑っているというより睨んでいるに近かったけど……でも、間違いなくオレの、好きな人だった。

「そりゃおめェ……、大学出て資格とってとすりゃァそんくらい掛かるだろうが」
「当時既に検事だった人に言われると、なんだか馬鹿にされてる気がします」

抗議の気持ちを込めて頭を預けた肩に力を込めると、わしゃわしゃと髪の毛を混ぜ返される。

「ま、あんときゃこうなるなんざ思いもしなかったが……、結果的に約束も破らずに済んだし良かっただろォ?」
「確かに、4年って言われてたら諦めたかも。……それでも、好きではいたと……思いますけど……」
「ほんっとに一途で可愛い奴だねェ、おめぇさんは」

すっかり変わってしまったけど、やっぱり優しい笑顔の人が唇を近づけてくる。
7年間、大丈夫と繰り返してきたけれど、不安に思わなかった訳じゃない。もう一度会いたい、そう思っても名前すら知らなくて。夕神さんだって、オレの名前も知らなかったんじゃないだろうか。だって言う暇が出来るより先に、あの事件が起こったのだから。それでも、それでも覚えていてくれたし、今こうして隣にいてくれる。

――でもまだオレは知らない。あの時の言葉が、オレを13才だと思っていたからのものだったなんて。