白黒的絡繰機譚

悪夢に沈む

は、と目を覚ました。
温かい布団に包まれている事実に安堵の息を吐いて、そして気がつく。これは布団じゃない。
ぎっちりと強く俺を絡めとるそれを振りほどきたいけど、びくともしやがらない。

「馬乃介、起きて」
「……」
「馬乃介」

すうすうと寝息を立てるばかりで、身じろぎ一つせずに眠っている。
体勢的に嫌でも目に入ってくる馬乃介の顔が嫌で、また目を瞑った。

――何時も何時も、夢といえばあの日の夢しか見ない。
もしかしたら、他の夢も見ているのかもしれないけど、起きても覚えてるのはあの夢だけだ。
冷たくて、怖くて、不安で、絶望的でどうしようもない冬の夢。
繰り返し夢に見た所為で、忘れたくても忘れられない酷い夢だ。

「……起きろってば」

目を瞑ったまま呼びかける。
俺を抱きしめる様に絡めとる腕は、あの日俺を縛ったものと同じだ。逃げたいのに、行きたいのに、どこにも行かせてはくれない。

『好きなんだ』

泣きそうな、けど真剣な顔で言われたあの言葉は、あの日泣きながら謝っていた様子に似ている。絆された訳じゃ決してないが、怯んだのは確かだった。

「――……草太」
「あ、起きた?」

嫌々目を開けて、にっこり何時も通りの表情を浮かべる。何時か演技のまま顔が固まって、俺は俺でなくなるのかもしれない。

「はよ……」

もうこれ以上ないくらい絡めとっている癖に、まだ力を込めてくる。
何も分かってない癖に、俺を逃がさないように必死なんだな。馬鹿じゃないの。

「おはよう」

茶番で陳腐な台詞を吐く。
もう何回したんだっけね。後何回すれば良いんだっけね。

「今日は……、寝れたみたいだな」
「今日は?」

ちゃんと寝る事なんて、あの日からしてない気がするけどな。
何も知らない癖に、何言ってんだよ。

「ああ、気がついてねぇのか……。お前さ、よくうなされてっから。何時も2、3回はそれで起きちまうんだよな……」
「え、そうなの?知らなかったなぁ……」

ごめんね、なんて言葉だけで謝る。

「でもよ」

筋張った指が、髪を梳く。

「ここんとこ殆ど無いな」
「ふぅん」
「ま、多分俺のお陰だぜ」

はぁ?何言ってんの?
そう言えたら、どんなに楽か。

「こうやって抱きしめて寝ると、お前うなされないからな」

自意識過剰だよ馬鹿。
……そう言えたら、どんなに良いか。

「……そう……なの?」
「そうだぜ。俺結構睡眠浅いから、間違いねぇよ」

ぐらり、と何かが揺らぐ。そんな気がした。
俺は今日も、夢を見た。昨日もその前もずっと。コイツと一緒にいるかいないか、そんな事は関係なく、毎日、夢を。

「……そっか」

夢を見た。夢を見たんだ。だってここじゃ俺は安らげない。安らぐはずが無い。
今も笑って絡めとられながら、死ねばいいのに死んじまえ、そう思っているのに。

「そっか……」

ずっと覚めない夢を、あの日から見続けていた筈なのに。
もう今日の夢が、夢を見たという記憶が、確信が、何も思い出せない。
ぎゅっときつく目を閉じる。
あの狂いそうな夢を一刻も早く見ないければ、今すぐ死んでしまうと、そう思った。