面会にて、
ED後時間軸です
「――御剣検事、何の用?」
第一声は、想像していたよりも随分と穏やかだった。
見た目も最後に見た数日前――彼の有罪判決が下った日――と殆ど変わりが無い。
「いや、用というか……。その、キミが――」
何と言い表して良いか分からず、言い淀む私を見て彼は笑った。
下卑たものではない自然な笑みは、まるで憑き物が落ちたかのようだ。
「ま、分かってんだけどね。こう言いたいんでしょ?『何故ピエロのメイクを落とさないのだね?』ってさ」
「……その通りだ」
自分の声色で告げられたそれは、まさにここへ来た理由に他ならなかった。
硝子越しに向かいあう猿代草太の姿は、数日前と服装以外何も変わっていない。白と青の囚人服に身を包み、下ろした前髪の間から見える顔は人工的な白に覆われ、目の下には涙型の模様が描かれている。
逮捕された時から裁判を終え、今に至るまで――彼は誰にもまだ素顔を晒していない。裁判資料にあった写真も、今思えば張り付けた様な笑顔のものだった。
「教えても良いけどさ、別に」
でも、と彼は付け加える。
「理解できないだろうよ。御剣検事、アンタじゃね」
「……ム」
「理解されたくも無いけど」
彼の罪を暴いた時と比べて、随分と雰囲気が丸く最初に出会った時と近くなった様に感じられる。しかし、メイクの所為だろうか、やはりその本心が分からない。彼の言う通り、私では理解が出来ないのかもしれない。
「で、どうする?それでも聞きたい?」
「ああ。聞かせて欲しい」
「モノ好きだね」
ククッ、と喉の奥で彼は笑う。
「これはね、アンタ達用なんだ」
「私達用……」
「そう、アンタ達に見せるのはここまでだって意味。それだけ」
「……」
「ああ、誤解されちゃ困るから言っておくけど……、別に取り調べや裁判で何か隠してた訳でも何でもないぜ」
「だろうな。キミの受け答えからその様子は窺えなかった。ここでの態度や振る舞いについても聞いている。模範囚と言っても差支えないだろう」
「そりゃあどうも。ま、俺にはどうでも良いけどね、そんな事」
ふう、と溜息を吐く音だけが聞こえる。時計を窺うと、面会時間の残りはあまりない。
「最後に一つ、良いだろうか」
「いいけど……」
「先ほど君は、そのメイクは私達用だと言ったが……、ではそれが必要ない相手がいるのだろうか」
彼の素顔に、本心に触れる事の出来る人物。心当たりはある。しかし――。
「聞かなくても分かってるんじゃないの?天才検事サン」
「……一人は確信している」
「一人は?変な言い方するね。一人だけじゃん、どう考えても」
呆れたように肩をすくめる。その動作はまるで、鏡を見ているかの様に私にそっくりだ。
「……」
既にロジックは繋がっている。しかし、それを告げても良いものかの判断がつかない。
けれども、これが真実の筈なのだ。すう、と息を吸い込み、それを声にする。
「確かに一人しかいない。……だが、私の考えが正しければ、もう一人いる筈だ。いや、いた筈だと言うべきか」
「……」
薄く笑った表情は崩れない。遮る様子も、促す様子も無い。
「一人は、鳳院坊了賢。これは合っているだろう」
「ああ、そうだよ」
「そしてもう一人は……恐らく――」
「――『ああ、そうさ。コイツだよ。ホント、天才検事って嫌になるな』……なんてね」
「っ!?」
彼の口から出た声は、私が告げようとした名前――内藤馬乃介のものだった。
それに驚いた私を、彼は満足げに見つめている。
「そこまで分かればもう良いだろう?答えは出たんだ。時間も無いし、終わりで良いだろ」
「……」
「アンタも忙しい身なんだしさ、俺に構ってても仕方ないだろうし。俺だって忙しいんだぜ。この後了賢さんとチェスの続きをするんだから」
「……うム」
何と声をかけるべきなのか分からなかった。何を言っても無意味な気がした。
そもそもここに私が来た事すら、彼にとっては無意味で無価値なのだろう。ピエロのメイクの覆われ、未だに分からない彼の顔がそれを告げている。
「……ああ、そうだ御剣検事」
椅子から立ち上がり、私に背を向けた彼が言う。
「やっぱり、間違いだよアンタの答えは。だってアイツは俺の素顔なんて見た事ないんだから」
「……」
「でも、だから俺は――」
扉が閉まる。面会室に私だけが残された。
「見た事が無い……。本当に、そうだったのだろうか」
それはもう、誰にも分からない。
ただ、彼は見せる事の出来ない親友の為に、ひたすら仮面を被り続けている。