白黒的絡繰機譚

膝上今昔

7年前に面識があったどころか付き合っていたらネタ

――浮かれてたんだと思う。違う、浮かれてる。今だってそうだ。
葵の背中が見えなくなるまでそわそわして、鞄を背負い直して少し走って、でもそれは必死過ぎてかっこ悪くないかって思って止めて。いつもどおりに歩けた、筈だと思う。

「法介くん」

でも、そういう色々なものは声が聞こえた瞬間に吹き飛んで、結局走って目の前まで行ってしまった。

「じんさんっ」

この人――夕神迅さんに会うのは、いつだってここ、宇宙センターだ。
葵と一緒に、そこそこな頻度で来ているけど、いつも会えるとは限らなくて、駆け出した直後に仕事が入ったと謝るメールが来たりする。忙しいのは分かってる、オレも同じようなところを目指しているのだから、それくらいは。だから、毎回会えるのが本当に嬉しいんだ。
本当は他の場所でも会いたいし、迅さんの家にも行ってみたいなって思ってるけど、今の迅さんは本当に仕事が忙しいらしい。ここに来てるのも、元々はその仕事関連だって、葵経由で星成さんから聞いた。宇宙と検事がどうして?って思ったけど、そうじゃなくて心理学がどうこうとか。
オレにはまだよくわからないし、仕事が仕事だから、おいそれと人に理由を話せないんだろう。でも、一段落着いたら、その、遊園地や水族館でも行かないかって、言ってくれて。
……その日のことは、たまに葵にからかわれる。だって仕方がないじゃないか、本当に嬉しかったんだから。

「待たせちゃいました、か」
「来たばかりさ」

優しい低い声が、間近から降ってくるのが嬉しい。この人に会うまで、周りが恋愛の話をする気持ちがあんまり分からなかったのだけれど、今は違う。誰かを好きになるのは、こんなにも。
ノロケだったり喧嘩の愚痴だったり、なんでみんなあんなに恋愛の話ばっかりするんだろうって、本当に不思議だった。でも、分かる。自分の中にしまい込んでおくには、人を好きになる気持ちは、大きすぎるんだ。喋って喋って、それでも小さくならないモノを、みんな持て余している。今のオレみたいに。

「とりあえず座ろうか」

迅さんがオレの手を引いて、ラウンジへ続く扉をくぐる。いくつかあるテーブルの一つまで行って、椅子の背を引く。そこまではいつもどおりだった。

「えっ」

いつもと違ったのは、オレをそこに促すんじゃなくて、迅さんが座ってそのままオレを膝に載せたことだった。そう、つまりオレは今迅さんの膝の上に座らされている。……なんで?

「……。……、……すまない」
「あ、えっ、オレは、大丈夫です!」

何秒かして自体を把握したらしい迅さんが、初めて見る渋い顔を逸してオレに謝ってきた。ので、反射的に口癖を叫んだ。だって実際別に問題は多分ないと思う。ここには今オレたちしかいないし、恥ずかしいけど嫌だって訳じゃないし……。……ちょっと子供扱いされてるなとは思うけど……。
でも、こんなに迅さんに近づく……どころか、密着と言っていいほどの距離になったことなんてあったっけ? 多分ない。だから、

「だからその……このままでも、大丈夫です」

好きな人とこんなに近くて、嫌なわけなんてない。大丈夫じゃないけど、大丈夫です!





*****





「嫌です」
「なんでェ、前は大丈夫だって言ってたじゃねェか」

今は今です、なんて連れねェ返事をしやがる。一人分の距離を開けてソファに座った法介は、どうやら腹の虫の居所が悪ィらしい。
そりゃァ、前――7年前と今じゃ、状況も立場も、何もかも違う。コイツはそうでもねェが、俺の見目の変わりようなんざ、相当なモンだ。中身もひん曲がっちまった自覚もある。
……それでも、コイツは変わらず好きだと、俺が惚れた真っ直ぐな目で言いやがるもんだから、なァ。

「何かあったのかィ?」
「……アンタ、希月さんのことは相当可愛がってたそうですね」

何だ嫉妬か? と言いかけたが飲み込む。恐らくそこは主題じゃねェ。ココネのことは、別に今更グダグダ言うこともねェ筈だ。とりあえず頷いて、続きを待つ。
しっかし、今度は何を吹き込まれやがったンだ。ココネに限らず、あの事務所の連中は、どうにも俺達のことで面白がっていやがる。

「肩車したり、……膝に載せたりしたとか……」

そこで思い出す。昔まだ駆け出しの新米で、コイツがまだガキだった頃だ。疲れていたのか、それとも何にも考えてなかったのか――コイツをココネのように膝に載せちまった事があった。その時はまあ普段の服みてェに真っ赤な顔で「このままで大丈夫だ」なんざ言うから、俺もやらかした言い訳もせず美味ェとこだけ堪能しちまった訳だが――まさか7年も経ってから、こうやってほじくり返されるたァ思わなかった。

「そりゃァしてやったが」
「つまりオレはあの時希月さんみたいに扱われてたと。10歳の、希月さんみたいに」

アヒルみてェに口を尖らせてこちらを睨んできやがる。ここで笑っちまったら余計臍を曲げられるンだろうが、こんなモン見せられちゃ、なァ?
身を乗り出して、距離を詰める。あの時はこんな距離になるのだって初めての事だったと思うと、お互い初心なモンだった。

「だがよォ」

真っ直ぐな目に映る俺の面は、大層な歪みっぷりだ。だがコイツは、あの時も今も、俺から目を逸らす気は微塵もねェようだ。

「――ココネにゃこんなことはしてねェぜ?」

あの時やったのは、膝の上に載せただけじゃあねえ。変わらず広いデコと、目尻と、唇と。今みてェにキスしてやったじゃねェか。まあ、場所が人の出入りもあるラウンジだったから、流石にその後はあっちから飛び降りて向かいに座っちまったが。

「そ……それは、当たり前でしょ!」
「おめぇさんにしかしねえから安心しな」
「そうじゃないと困ります!!」

なら機嫌直してまたこっちに座りな。