白黒的絡繰機譚

Honey, call my name

「何時までも一柳君、信楽弁護士じゃ変だよねぇ」
「……?なんでだ?」

マグカップの中のカフェオレを一口すする。
信楽弁護士が言うには、この事務所のイチ番のとっておきらしい。フツーはただのコーヒーしか出てこないとか何とか。
確かにそう言ってもおかしくない程、甘くておいしい。俺は好きだな、これ。

「え、だってさオジサンと一柳君付き合ってるんだよ?」
「お、おう……」

確かにそうだけど。付き合ってるけど。だからこうやって事務所に来てる(来て良いって言ったしな!)
でも、それと『一柳君と信楽弁護士じゃ変』がどうして繋がるんだ?

「付き合ってるのにさぁ、何時までも『一柳君』『信楽弁護士』じゃあ他人行儀だよ」
「タニンギョーギ……?」
「仲良くなさそう、って事さ。ホラ、水鏡ちゃんなんか『弓彦さん』だよ?すっごい仲良しっぽいじゃない」
「……そういうものなのか?」

俺としては、名字で呼ばれる方が大人に見られてるって感じがするから好きなんだけど。
更に検事、って付くと最高だけどな!

「そういうものだよ。ってことで、今日から『弓彦君』にしてみちゃおうかな」

ゆみひこくん、か。
そういえば信楽弁護士は御剣検事の事、レイジ君って呼んでたな……。御剣検事と同じって、悪くないかも。

「じゃあ俺はなんて呼べばいいんだ?」
「ん?うーんそうだねぇ……。普通に考えたら『信楽さん』になるのかな?でもなんか弓彦君がさん付けするのってなーんか違和感あるんだよねぇ」

かといってやっぱり呼び捨てはナシ、だよなぁ……。だって信楽弁護士は、俺より19も年上なんだし。
そういえばさらっと呼んでるな俺の事、弓彦君って。
……なんだろう、なんかムズムズする。嫌とかそういう訳じゃないけど、なんか。

「でも試してないのに決めつけるのも、ね?」
「お、おう……?……えーと、呼んでみろ、って事か……?」
「そうそう」
「信楽、さん?」

おお、何か追いついた感じがする。
実際は歳の差が埋まる訳じゃないし、経験の差が無くなる訳でもないけど。
なんとなく、近づいた感。元々近いんだけど。だって付き合ってるんだし。

「うんうん、新鮮だなぁ。いやぁ良いね!弓彦君に呼んでもらうの」

もっと呼んで!という風に腕を広げてる。
それはなんとなく、おいで!とも言われてる気がして、俺は半分くらい残ってたカフェオレを急いで流し込む。
立ちあがって椅子に座った信楽弁護士……じゃなかった、信楽さんの前まで歩く。
相変わらずニコニコしてる。……なんだろう、俺まだ何かしなきゃいけないのか。
ぼけっと立ちつくして、くるくる考える。ええと、そうだ。こういう時は、

「よく出来ました。……なーんてね」

ぼふっ、と音がする感じで飛び込む。よし、正解だったぞ。
そんな正解した俺の頭を、信楽さん(慣れないな、コレ)は子供みたいに撫でる。

「弓彦君」

御剣検事と同じ呼び方をしてくれるのに、俺だけ子供扱い。そりゃ俺はまだ17歳だけどさ、なんかヤダ。
……そういえば、信楽さんって呼び方も御剣検事と同じだっけ。
もぞもぞと信楽さん胸に顔を埋めて考える。
全部同じは嫌だな。やっぱり特別がいい。この人だけが弓彦君って言ってくれるみたいに、俺も俺だけの呼び方がしたくなってきた。
でもそれって何て呼べばいいんだ?やっぱり呼び捨てにする訳にもいかないしな。

「信楽……さん」
「なーに、弓彦君」

違う、そうじゃなくて。そうだ、これだ。多分誰も言ってない。とりあえず俺は聞いた事ない。

「た、盾之さんっ」
「……」

俺の頭を撫でまわしていた手が止まる。
見上げると、なんか驚いた表情。あれ?俺なんか間違えた?

「たてゆ……っふ」
「ストーップ、弓彦君」

俺の口を塞いで、驚いた顔が困った様な顔になる。

「……なんて言うかね、オジサンには刺激が強いみたいそれ。すっごい嬉しいけど」
「……?」

よく分からない。刺激が強いけど嬉しい?なんだそれ。

「呼んだら駄目なのか?」
「いやぁ、駄目じゃないけどね?とりあえずここ以外だと困るかな……」
「じゃあここ来た時は呼んでいいんだな?」

きっと誰も呼んでない呼び方と、二人だけの場所。
なんかすっげー、秘密な感じがする。付き合ってるのも秘密だけど。
水鏡にも御剣検事にも言えない秘密が、一個ずつ増えていく。この人……盾之さんといると。

「ここならね。いやー……、まさかあんなにクるとは思わなかったなぁ」
「?」
「気にしない気にしない。あ、弓彦君もう一杯カフェオレ飲むかい?今ならとっておきのお菓子も出しちゃおう」
「飲む!」

……あ、そうだ。淹れてもらう前に、もう一度言っとこう。このままぎゅっと抱きついて。

「盾之さんっ」
「弓彦君」

やっぱり、まだカフェオレはいいかな。もうちょっと、このまま。